アトツギラボ【vol.5】
8月の猛暑の最中、今回のアトツギラボも熱い夜となりました。初めて訪れた瞬間から京都らしい魅力に魅かれ、その場ですぐにアトツギラボの話を打診していたのが懐かしく思います。「文化の継承」をテーマに、場所の特性故、初めて少人数で開催したvol.5の様子をお届けします!
するがや祇園下里
するがや祇園下里は、1818年(文政元年)に創業した、煉羊羹の発祥の店・総本家駿河屋の流れを汲む老舗和菓子店です。看板商品「祇園豆平糖」をはじめとする昔ながらの手法でつくられた上質な飴菓子の数々は、祇園の花街を中心に全国で広く愛されてきました。
初めて訪れた際に、目を引いたのがテイクアウトできる「ひやしあめ」でした。昔懐かしい味がして、とにかく美味しい。ソーダ割で注文したんですが、ハイボールや焼酎で割って飲むこともできます。これがめちゃくちゃ合うのでたまりません!
お店の奥にある中庭は当時の趣をそのまま残しており、ゆったり落ち着いた時間が流れています。外観だけでは分からない魅力。入り込んでこそ分かる奥深さ。
そんなするがや祇園下里は2021年に一時閉業します。そして、205年目を迎える2023年8月4日に営業再開を果たされました。この営業再開に尽力されたのが、今回のゲストである七代目店主の井上真由美さんです。井上さんにとっては母方の家業になります。
アトツギのきっかけ
井上さんは、大学卒業後、アパレル副資材の総合商社で約20年勤務。副業でフリーランスの司会業もされていましたが、社会人18年目の頃、「この会社をこのまま続けててもあかん」と思い、司会業やコンサルで起業することを視野に、グロービス経営大学院でMBA取得を目指されました。そして、大学院卒業のタイミング。当時は叔母さん夫婦が家業をされていましたが、ちょうど休業になったタイミングと同じだったそうです。「家業のことが全く気になっていなかったわけではない。3人きょうだいの長女で、弟は父方の家業である陶芸家に、妹は結婚して嫁ぎ先に、これは自分がやるしかないと思った。」と当時を振り返る井上さん。
2019年に叔母さんが病気で亡くなり、その後義理の叔父さんに売られてしまった土地を買い戻すところからの始まりでした。不動産屋とのやり取りが1年以上続き、支払いのリミットも迫る中、銀行からの融資が降りるか降りないかの瀬戸際を経験して、ようやく買い戻すことに成功。参加者のアトツギさんもこの話には興味津々の様子。この辺りの詳細は京信QUESTIONのインタビュー記事で綴られていますので、ここでは省略したいと思います。
再創業に懸けた想い
先代からの引き継ぎが全くない中での事業承継。材料はどこから仕入れていたのか?そもそもあめはどうやって作るのか?データでレシピや取引先の情報が残されているわけでもなく、職人さんやお母様の記憶を頼りに、一から紐解き、カタチにしていくのに相当な時間を割いたそうです。
「小さい時から、祇園のこの場所にお店があることが誇らしかった。なんとしてでも残さないといけないし、復活させるならここしかない。」と語られていましたが、これは井上きょうだいで共通した強い想いでした。
変えるもの・変えないもの
「自分の家はなくなってもいいけど、この店だけはなくしたくなかった。」と話される程、圧倒的な「立地」という強み。家業の強みは何だろうか?と棚卸しに苦労しているアトツギさんも多い中で、ここまで立地が強みなのは非常に分かりやすいです。とはいえ、立地が良いだけでは事業は続かない。攻めと守り。何を残し、何を変えるのか。
小さい頃から慣れ親しんだ伝統の味は変えず、下里の紋も当時のものを使われています。紋は誰が書いたのかいつから使っているかは不明だそうですが、四代目店主の孝太郎氏の時代の葉書などには、下里の紋が残っているそうです。こうした歴史を感じるものが今なお残っていることに非常に価値を感じます。一方で、ひやしあめの新しい飲み方を提案したり、アイスクリームを作ったり、オンライン販売やホテルのウェルカムドリンク等で販路を拡大したり、時代に合わせてアップデートしていく。井上さんの新たな挑戦は尽きません。
最近では、高級ホテルのウェルカムドリンクで、ひやしあめが採用されているとか。タイを代表する高級ホテルブランド「デュシタニ京都」(2023年9月オープン)やシンガポール発のラグジュアリーホテル「バンヤンツリー・東山京都(2024年8月オープン)」で採用されたのも、前職やフリーアナウンサーでの経験で培った人脈があったそうです。まさにアトツギだからこそできる市場開拓。
ちなみに、弟の路久さんは、父方の家業である素明窯三代目の陶芸家です。「親父を見ていて、楽で儲かる仕事やなと思い、後を継ごうと思ったが、実際にはそう上手くはいかない。しかし、自分で時間の使い方を決めたり、時にはご縁から大きなお仕事をいただいたり、自分の頑張り次第で様々な経験ができる。そういったところが魅力だと感じている。」と話されていたのが印象的でした。バブルの頃の親父さんの背中を見て育った路久さんは昭和の陶芸家を目指されています。
今回の参加者は8名。仏具、和菓子、自動車部品製造、ゴムの専門商社、ゴルフ場運営、西陣織のアトツギさん。少人数開催だったこともあり、ロの字になって、自分自身や家業と照らし合わせながら、井上さんの話で気になったことを深堀りしていくスタイルで対話をしました。
あるアトツギさんが「ものづくりを後世に残していくためには、他社との差別化を図るために独自性を出すことが大切だが、担い手不足や技術継承の難しさもあるので、真似されないようにする以前に、真似されてでも技術を残していかないといけない。」と話されていたのが印象的で、継承すること・続けることの難しさを目の当たりにしているリアルな声が聞こえてきました。
ファミリービジネス
「今後どのようにこの文化を残していきたいか?」という質問に対して、井上さんは「これまで家族で代々家業を守ってきたので、これからもそれは続けていきたい。子どもたちにはなるべくお店に来てもらって、お菓子を作っているところを見せたり、味見をして舌を肥えさせたり、その場で感じることで、当たり前にある景色や京都の文化を学んでほしい。」と話されました。幼少期から親や家業を見て過ごす。その景色が当たり前になっていると、成長した時に自分の人生と切っても切り離せない存在になっている。井上さんが家業に戻ってきたのは必然だったんだと感じました。
祇園というエリアは季節ごとに行事があり、昔ながらの文化と連動しています。京都の中でも有数の観光地で、日常的に京都文化を感じられる場所です。そんな祇園にあるお店は「ライバルでありながらもライバルでない関係性」があるそうで、それこそ祇園祭の1ヶ月間は聴衆が力を合わせ、それぞれの役割を担って、伝統ある行事を守り続けています。京都の文化を紡いでいるのは、まさに今を生きる一人ひとりの努力であることも教えていただきました。
最後に、アトツギの皆さんに聞いてみた「次世代に残したいもの」と「大切にしている文化(価値観、思想、哲学、慣習、振る舞い等)」の一部を紹介したいと思います。
いつもと違う交流会
いつもはラボタイムと同じ会場で交流会をするようにしていましたが、今回は会場の徒歩圏内に、知り合いのアトツギの店があったので、場所を変えて交流会をしました。その知り合いのお店とは、京都祗園名物「壹錢洋食」です。お好み焼きの前身であり粉モノの元祖にあたるものとして祇園エリアでは親しまれており、この日は観光客と地元の人で賑わっていました。
文化
アトツギは「預かった価値を次の世代に託せる人」だとすると、この価値というのは「文化」と解釈することもできます。昔ながらの考え方や風習がある種の思想や哲学になって、受け継がれていく。そこにお店があることに価値を見出せるのは、こうした自然と身についた思想や哲学が影響しているのかもしれません。
アトツギラボ vol.5 開催概要
【日 時】2024年8月20日(火)18:30〜
【場 所】するがや祇園下里
【ゲスト】するがや祇園下里七代目店主 井上真由美 氏
【撮 影】村山俊輔
アトツギの未来は地域の未来。
人生にアトツギという選択肢を。
to be continued…