吉澤嘉代子『アイスクリームの日』@ EX THEATER ROPPONGI
本稿は5月9日に開催された吉澤嘉代子のワンマンライブ『アイスクリームの日』のライブレポートです。
5月9日はアイスクリームの日。1964年に東京アイスクリーム協会(当時)定めた記念日で、今でもこの日にアイスクリームが無料配布されたりする。人々を笑顔にさせるアイスクリームの記念日に、シンガーソングライター・吉澤嘉代子が東京のど真ん中、六本木のEX THEATER ROPPONGIでライブを開催。その名も『アイスクリームの日』。
彼女にとってバンド編成でのワンマンライブは、そして私にとっても彼女のワンマンライブに参加するのは2021年に開催された『吉澤嘉代子の日比谷野外音楽堂』以来実に2年振り。私のようなファンとしても、また吉澤としてもようやく会えたね、という気持ちでひとしおだ。
フロアに入れば、レーザーで縁取られた"嘉"の文字がステージを覆い尽くす幕に映し出される。もちろん客入れBGMもアイスクリーム縛り。YUKIの『勇敢なヴァニラアイスクリーム』や竹内アンナの『ICE CREAM.』そして筋肉少女帯の『ハッピーアイスクリーム』。遊び心いっぱいのセレクトに、思わずライブ前からアイスクリームにが食べたくなる。
ライブの開演時間が迫ると、吉澤自身による前説のアナウンス。茶目っ気溢れるアナウンスに客席から笑い声が溢れる。
開演時刻になり客電が暗転すると、ステージを覆っていた幕が開く。ステージの頭上には『TODAY IS THE ICE CREAM DAY』の文字が踊り、ステージにはアイスクリームが宙に浮かぶ。
バンドメンバーアレンジが効いた童謡『アイスクリームのうた』が始まると、アイスクリーム店員風のレトロなウェイトレス衣装に身を包む吉澤がオンステージ。モウモウとスモークが焚かれたステージも相まって、冷凍庫から飛び出してきたアイスの妖精のようにも見えてくる。伸びやかで瑞々しい歌声でめいっぱい『アイスクリームのうた』を響かせると、来場した観客へ感謝の気持ちを伝えると「マイクチェックしていいですか?」と『未成年の主張』をヴィヴィッドにプレイ。
オールド感のあるポップス『チョベリグ』ではステージを縦横無尽に動き回る吉澤の姿が愛らしい。更には吉澤が客席を練り歩き、タイトルにもなった駄菓子を配り歩いた『ブルーベリーシガレット』と、序盤は特に活動初期の彼女らしい少女性が遊び心と共に弾ける楽曲が展開される。
そんな少女性が極に達したのは私立恵比寿中学へ楽曲提供した『面皰』の初となるセルフカバー。ニキビという年頃の女性ならではの悩みを初心な恋心に喩える歌詞とハンドクラップが印象的なポップなアレンジに、会場にはキュートなムードが満ち満ちる。
そのままレトロポップでファンシーな『鬼』、更にドラマ主題歌にもなった『月曜日戦争』と続く。さながらあどけなかった少女が成長しOLとなり、恋焦がれる相手に対しエゴも表出しながら憂鬱そうに月曜日に出社していく一一一
そんな物語が目に浮かぶようだ。
中盤に差し掛かるとバンドメンバーによるダークでヒリヒリとした冷たさを覚えるセッションを経て、カオティックな『ユートピア』へ。吉澤のも色鮮やかなロングスカートが印象的な出で立ちに変化し、ここからまたライブがスウィングしていくことを予感させる。ラップパートがライブで一層映える『えらばれし子供たちの密話』を披露し、吉澤のもうひとつの持ち味であるフィクショナルで幽幽たるストーリーが描かれる楽曲が続いていく。
浮遊感のあるサウンドスケープが特徴的な『サービスエリア』でこの世とあの世の境を見せつつ、ホーンがグルーヴィーに鳴り響く『地獄タクシー』でその先に待つカタストロフィを映し出すと、ジャジーなピアノがサウンドの軸となる『ちょっとちょうだい』で描くのはこの世のどこにでもある地獄。この世ならずものを巧みに描く詞世界は小説を読んでいるようだし、そんな世界を作り出して乗りこなす吉澤は音楽家である以上にフィクション作家のようだ。
そしてこんな絶望しきりの出鱈目な世界でも"生まれ変わったら貴方と共に在りたい"と願う『ニュー香港』で8bit的サウンドを聞かせつつ、そんな貴方に恋焦がれる自身のを描く『グミ』ではシューゲイズにも迫るような歪んだギターが響き渡る。"恋人"がテーマのAl『赤星青星』の楽曲が連続する様に少女時代の恋とは違う、成長の先で身体の奥からとめどなく流れ溢れるような濃密な恋心を見る。
そんな恋心が頂点に達するのは「私だけを見て欲しい」と切実なメッセージを内包した『よるの向日葵』。そして「どこにもいかないで」という想いが季節を超えていく『残ってる』を披露。吉澤嘉代子の代表曲であり、キラーチューンたる『残ってる』は『よるの向日葵』から流れるように移ろうピアノソロの伴奏から、やがてバンドサウンドが流れ込む厚みのあるアレンジで魅せる。
これまで彼女は演劇調のコンサートを数多く開催してきたが、今回のコンサートはそのアップデート版と言える。演劇の要素は盛り込まないものの、楽曲の配置によって全体がひとつのストーリーのように進んでいく様は、吉澤嘉代子の新しいライブの形を作り出していたように思う。ひとりの少女が大人になり、酸いも甘いも虚も実も恋も失恋も知り尽していく物語。そんなストーリーに観客は否応なく共鳴してしまう。
そして披露されたのはまだひとりにしか聞かせていないという新曲『すずらん』。春から初夏にかけて咲くこの花の花言葉「純潔」にピッタリな、柔らかな日差しのあたたかさと穢れなき真直なメッセージと寄り添うようなサウンドが会場中を包み込む。
そして本編最後に演奏されたのは『ミューズ』。奇しくもこの前日に新型コロナウイルスの感染症法上の分類が「2類相当」から「5類」へと移行。コロナ禍がひとつの節目を迎える中で聞く『ミューズ』はコロナ禍を戦い抜き、これからも戦い続けるすべての生きとし生けるものたちに寄り添う女神のようでひたすらにうつくしかった。
就職してスグの頃辛くてどうにかなりそうだった私に、この曲が寄り添ってくれた時のことを思い出して泣いてしまった。梅雨入り間近に透明な雨が降り頻る中、公開されたMVを社用車の中で見て泣いた日を忘れることはないし、きっとこれからも私にとってこの曲はどうしようもなく大切でかけがえのない曲で在り続けるだろう。
アンコールは新曲でありこのライブが開催された理由でもある『氷菓子』を披露。ポップスらしいメロディとアレンジ、そして映画『アイスクリームフィーバー』の「100万年、君を愛ス」というテーマに接続しつつも、愛おしさが込み上げる普遍的なメッセージにまた涙してしまう。
吉澤のライブに来た観客は皆、彼女の音楽という魔法にかけられてしまう。他でもない私もそのひとりだ。私が抱く彼女の音楽への想いはきっと、敬愛のようで、共感のようで、恋慕でもあるようで。こんな気持ちにさせられる音楽家は、きっと後にも先にも彼女だけだと思う。アイスのようにスイートで、つめたくて、はかなくて、やさしい夜だった。
この日の最後に披露されたのは『東京絶景』。星なんて見えない東京で幾多の夢追い人が作り出す絶景を鮮やかに歌いきり、吉澤は笑顔と投げキッスを振りまきながらステージをあとにした。
帰路に着く道すがら夜空を見上げた私は、いつかは私も東京の絶景を彩る夢見るひとりになりたいと祈りを込めた。