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言境をまたぐとき

日本で生まれ育つと、国と言葉と言うものが一対の関係に思える。しかし、国境が言葉の境と等しい国は珍しいのではないか。「言境」は、もちろん地図に引ける地理単位にあるし、図書館の中にもある。個人の中にもあるだろう。生まれたてのアナーキ状態から、複数の言語が脳みその中に住み着き出してそれぞれの領地を主張する。長い間使われない言葉は、そのほかの言葉に言境を侵略されて、覇権を失い、過去の遺跡のようになってしまう。国境よりも言境を意識した方が面白いものが見えてくるのかもしれない。

スイスに住んでいたことがある。そう言うとドイツ語話せる?と聞かれるのだが、スイスは国の中に言境がいくつも引かれている国である。(スイス)ドイツ語・フランス語・イタリア語の間に引かれる言境と、ロマンシュ語を囲う言境がある。残念ながら私の脳内にそのどの言葉の領地も存在しない。フランス語は言境が引かれかかったのだが、英語に淘汰されてしまった。

ロマンシュ語はUNESCOが定める言語消滅度評価で6段階中4番目の「危険」という評価がされている。例えばアイヌ語は2番目の「極めて深刻」なのだが、1番目危険が評価が「消滅」なので最も消えてしまいそうな言語の一つと言えるだろう。そう考えると、日本は国境と地図に引ける言境が同じだと言うのは間違いであろう。アイヌ語の他にも沖縄語や八重山語などもあり、日本国内の言境は思ったより複雑になりそうだ。スイスにはロマンシュ語を話す人が4万人弱いる。西側のフランス語圏に住んでいたのだが、ロマンシュ語を話す人にはとうとう会うことができなかった。

出会ったスイスの人は最低2ヶ国語を話すことができた。自分の出身の街の公用語と英語と言う組み合わせが多い。5ヶ国語を話すことができる人もざらにいる。スイスは個人の中に引かれる言境も、国に引かれるそれと同様に複雑なのだ。

スイスの首都と言うと、チューリッヒやジュネーブと思われがちだが、それは間違いで、首都はベルンにある。私はフランス語圏に住んでいたのだが、電車で2時間弱のベルンには毎月のように町歩きに出かけた。スイスを電車で移動するのは楽しい。丘のような緩やかな緑色の凹凸が目の前に広がり、普段は時計の針のむしろにされて縮こまった思考を解放してくれる。

ジュネーブからローザンヌを抜けて、チューリッヒへ向かう途中にベルンはある。ベルンでは主にドイツ語が話される。電車は言境の街Fribourg/Freiburgを通る。この「/」はプラットホームの駅名にも書かれていて、感覚的に言境が引かれているようだ。この街の前までは全てフランス語だった車内のアナウンスがドイツ語に変わる。当時はフランス語に囲まれた生活をしていたから、1時間弱の移動をしただけなのに、随分遠くに来たもんだという感覚に陥った。ベルンではスイスドイツ語が話される。一般的にハイジャーマンとか標準ドイツ語と言われるものとは区別される。書き言葉はわからないのだが、ドイツ語が全くわからない私でさえもその音が明らかに違うことはわかる。スイスドイツ語と標準ドイツ語の間にも言境が引かれるのだろう。ドイツ語圏出身の学校の友人は、標準ドイツ語よりも英語の方が得意だよと教えてくれた。

陸続きの国境を超えた瞬間、驚きがフラッシュのように襲ってくることは少ない。変化は徐々にやってくる。オーストリアとドイツの国境も、アメリカとカナダの国境も、こちらとあちらがくっきりと分かれると言うことはない。言境を越えるとあちらとこちらのコントラストがくっきり分かれる。

私が好きなのは、マルチリンガルの人が自身の頭の中の言境を越える瞬間に立ち会うことだ。今まで英語で一緒に話していた友達が、言葉を変えた瞬間、声の高さや滑舌、ジェスチャーまでが変わる。私の知らない遠くまで行ったなと旅立ちを見送る気分になる。最近自分の頭の中に、スペイン語の領地を主張する声が高まってきた。会話の最中に、その言境を超えているかもしれないという感覚を持った時、ああ随分遠くにきたもんだとFribourgを思い出す。

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