神さま。

むかしから人といっしょに過ごすのが苦手だった。

会いたい人なんかいなかった。

どこにいても、誰といても、何を話しても、ぬぐえない違和感がついてまわって心地悪かったから。

まるで自分だけが他の惑星から来たみたいな、そんな感じがしていた。

友人は私のことを、「どこか高いところからみんなを俯瞰しているような印象」と言った。


孤独ではあったけれど、さみしくはなかった。

「さみしい」と感じたことがなかった。

人に何かを期待したり、ぬくもりが欲しいと思ったこともない。

日常のあらゆる場面において、他の人の中に当たり前に芽生えるものが、私には感じられなかった。

人と関わることに興味がなかった分、自分の中にいる「神さま」とたくさん話をした。

子供の頃、話しかけると答えてくれる存在がいつも心の真ん中にいて、私はそれを「神さま」と呼んでいた。

神さまとの会話は自作自演なのだけど、そうやって自分と仲良くすることで、私は満たされていた。

大人になると、私の中から神さまはいなくなった。

代わりに、黒みを帯びた もやもや が心の片隅に漂いはじめた。

それは次第に、理由の分からない苛立ちや悲しみを伴うようになり、私を苦しめるようになっていった。


成人を迎えると、自分がアルコールに強い体質だということが分かった。

私が「酒に強い」と知った人たちは、みんな「意外!」と言って面白がり、私を飲みに誘ってくれた。

控えめで静かな印象から、いつの間にか豪快な飲みキャラになっていた。

酒の付き合いは増えていき、週末になると夜の街へ繰り出しては、お気に入りの飲み屋を開拓するのが楽しみになった。

飲み仲間も増えて、気がつけば「ひとりで過ごすのが好きだった頃の私はどこへ‥?」と思うくらい賑やかな日々を過ごすようになっていた。

酒が入ると、違和感なく対等に会話できることが楽しかった。

どんな人の話も広いこころで聞けて、唯一、自分が人間らしく過ごせる時間だと思った。

やっと地球人の仲間入りが出来たのだ!と嬉しくて、飲む量はどんどん増えていった。

休日になると、昼過ぎには家で酒を飲み始め、夜には飲み屋へ赴き、朝まで飲み明かす。

そのうちに、平日でも仕事終わりに飲みに行くようになり、朝方 家に帰っては、そのまま仕事へ行く日が増えていった。

完全に酒に飲まれていた。

飲むために生きているような生活を送る中で、少しずつ自分の中に 歪み が生じてきているのは分かっていた。このまま続けると マズい ということも。


あるとき、酒が入った状態でのちょっとした対人関係のもつれから、はっきりと「ここでストップだ」と悟った。

私はどこかで待っていたのだ。こんな生活を終わりにするきっかけを。

そこから いっさい酒をやめた。

「体調を壊してもう飲めなくなった」と理由をつけて、すべての誘いを断った。

最初は残念がった仲間たちも、相変わらず楽しく飲み明かしているようだった。


ふたたび、ひとりきりの生活に戻った私。

会いたいと思える人なんて、やっぱりどこにもいないことを再確認する日々。

気がつくと、ほの暗い もやもや が心の片隅に戻ってきていた。

それをじぃっと見つめたあと、「神さま」と心の中でつぶやいてみたけれど、返事は返ってこなかった。

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