浜辺のふたり【革命機ヴァルブレイブ】二次創作

序章:1 いにしえのふたり

 彼が夜空を見上げると、正に満天の星空という光景が頭上に広がっていた。
 彼と彼の家族を含むコミュニティーが、環境が急速に変わりつつあった『母なる南の大地』を旅立ってから、幾日経っただろうか。
 出立の頃まだ、連れ合いの子宮の奥はおろか、自分も子種どころか生殖に至る知識や感情すら芽生えてなかった。連れ合いは元は別の群れに属していた。
 
 かつて彼が属していたコミュニティーは、飢えに瀕しており、集団内では、共喰いすら起こりうるくらい逼迫していた。
 実際身体の弱い個体や、幼い個体が喰い殺されている場面に何度となく、川辺や岩場の影から目にした。彼の属する群れの中の頭数は徐々に減り、そして大人達の殺気が日々増していった。
 
 『次は自分の番』

 諦めと恐れがない交ぜになり、押しつぶされそうになった頃、彼女が属する群れと遭遇した。
 彼女のコミュニティーの頭数は彼の属するそれを上回るもので、また食糧の蓄えもあり、何より若い女性や幼い子供も多数確認できた。飢餓感に包まれた彼の属する群れの大人達は色めき立った。
 男も女も子供も、久々の水辺で喚起に湧いており、周囲に対する警戒心は散漫になっていた。

 目の前の獲物達を、気持ちも身体も、前のめりになって構える男達を彼の群れの長は、自分の身体と心の飢えを満たす為と、群れの頭数の数的不利を覆す為、狡猾かつ残虐になっており夜を待つ様に他のものを宥めた。

 そして夜、全てを満たされ警戒心が弛緩しきった群れに、彼の群れが襲いかかった。群の長は、襲った群れの乗っ取りを目論んでいた。
 まず屈強な男達の頭を割り、手足を削ぎ落とし、腹を割いた。子供と幼児は容赦なく食い散らかし、女性は犯した後、刃向かうものを容赦なく殺し食糧とした。

 幼い彼も必死であったが、どうしても人、特に女性を犯して食べる事だけはできなかった。襲った群れの蓄えに回されたであろう、果物や食べ残しの肉や魚を、貪るように大きな木の幹に隠れて食べた。
 幼いうちから人を襲えば、群れの中でも一目置かれるが、どうしても人だけは襲えなかった。
 背中を丸め貪り喰っていると、自分と同じくらいの大きさの人が、木の枝を振りかざしながら降ってきた。 すんでのところで交わしながらも、馬乗りになられた。目に溢れんばかりの涙を溜め、鋭く削った木の枝を、悲鳴とも叫び声ともつかない奇声上げながら振りかざした。

 『女の子......?』

 今まさに木の枝に貫かれそうになっているのに、こんな事考えて間抜けなもんだと感じた。女の子に木の枝で貫かれて死ぬのかと感じながら、馬乗り女の子の顔を見つめた。

 涙が顔に溢れて彼の顔に降りかかった。
 彼女は叫んでいるものの、振りかざした木の枝を振り上げたまま、身体を震わせていた。

 『僕も殺せないけど、この女の子も殺せないんだ』

 そう思った瞬間、木の枝を振り払い身を起こし、彼女を抱き寄せた。なぜだかわからないが、そうしてしまった。
 もちろん彼女は暴れ、男の子とはいえまだか細い腕を振りほどこうとし、彼を殴り、噛みつき、足の甲を踏みつけたが、それでも彼は離さなかった。

 『ここで彼女を離したら、彼女は犯され、喰われてしまう』

 そう思うと、顔を腫らして、血まみれになり、踏みつけられた足の感覚がなくなり、青黒く腫れ上がっても、腕は解かなかった。
 どれくらい経ったかわからないが、彼女も力尽き、諦めたのか暴れるのを止めた。

 彼はやっと腕を解いて、彼女共々四つん這いになり全身で息をした。
 彼女は荒い息に、嗚咽を交えながら、悲しみの叫び声を上げた。そして、歓喜叫び声を上げる群れの男達を睨むと、傍らの木の枝を取り上げようとするのを強引に腕を引き寄せ止めると、木の枝を拾い上げ興奮状態の群れから離れた。

 群れを襲った集団の幼い男の子と、襲われた集団の女の子の不思議な旅が始まった。
 
 初めはコミュニケーションなど全くなりたたず、ただ二人で食糧を狩り、寝床となる土地を探し、水場を探し、海を目指した。
 
 不思議な事に彼女は彼から離れなかったし、彼の分も食糧を狩り分け与えた。彼女は狩りが得意だった。
 彼は群れにいた頃から、大人達の狩りに同行するより、空を眺め、遠いここではないどこかを思い描くのが好きだった。
 そうして、どのくらい経った頃だろうか。彼女は一緒に水浴びをするのを嫌い、毛皮を纏うのも一人でするようになった。
 そして、彼も彼女を見ると時折、心臓の鼓動が速まり、彼女の表情や行動に一喜一憂した。
 
 その日はねぐらにしていた洞窟で、雨風凌いでいて数日が経った夜だった。
 洞窟に来て蓄えていた食糧も尽き掛けたので、早々と寝ることにした。
 洞窟に吹き込む弱い風に目を覚ました彼の体の上に、顔を紅潮させ息を荒げた彼女の姿があった。
 初め、なんの事か全く理解できず、呆然としてたがやがて、下腹部を包み込む柔らかく暖かい感触と、初めて耳にする荒い息に混じって溢れる懇願するような声に、眠っていたなにかが壁を突き破る感覚を覚えて、一心不乱に、
彼女を突き上げた。

 こうして2人は初めて結ばれた。
 
 その時の授かった子供が彼女と2人で手を引く男女の双子の兄弟であった。
 
 過去を思いながら、幼い頃と同じ様に此処ではないどこかを思いながら、小さいながらもコミュニティーを率いる長としての顔と心に切り替えた。

 突如、彼の群れを襲う集団が、奇声上げて草場の影から現れた。 幼い頃彼の群れがしたの同じやり方で襲われそうになったのだ。
 正に寝込みを襲われた状態であった。
 迎え撃つ時間も無い。
 彼は群れに散会して逃げる様手振りで指示すると、連れ合いと双子の子供を探す視線を走らせた。
 彼の目に入ったのは今まさに、飢えた男達に組み付かれそうな、連れ合いと子供達の姿だった。

 声にならない叫び声ともに走り出した彼だが、焦りで足が絡まり砂に足を取られて、転んでしまい砂に顔を突っ伏してしまう。

『やっぱり身体を動かすのは、彼女の方が上だったなぁ......』

 この場にそぐわない想いを浮かべながら、顔を上げ砂を払った目に入ったのは、使い古した木の枝を削って作った木の手槍を手に子供達を後ろに立たせ、飢えた男達の前に仁王立ちになった連れ合いの姿だった。

『あの時の木の枝で作った槍、あんなになるまで使ってたのかぁ。』

 叫び声は逃げるように施しながらも、心はどこか現実感を伴わない、自分の感情に苛立ちながら、身体を起こし走りだそうと憤怒の声を上げた。

 その時..........

 まず、黄色と緑色が絡み合った閃光が西から東に走り、遅れて全ての叫び声や奇声をかき消して余りあるほどの轟音が二度走ると共に、二筋の黄色と緑色の光が連れ合いと子供達を直撃し、最後に衝撃波で砂煙が舞い上がった。
 
 その場にいたみんなが何が起こったわからず、戸惑っていたが、男達の群れの中から悲鳴が一つまた一つと上がり、やがてそれは群れの中を駆け巡った。 
 男達の悲鳴はやがて断末魔の渦のとなり、黄色と緑色の光がその渦中心から絡み合いながら垂直に立ち上がり、ドーム状に包み込みつつあった。

 彼は連れ合いの元へ駆け寄り肩を抱くと、子供達の姿を探した。
 連れ合いは叫び声の渦の中を指差し必死に何かを訴えかけている。
 駆け巡る小さな光の筋を凝視するとそれは、彼と彼女の2人の子供達だった。
 小さな光に包まれた子供達は、俊敏な動きで男達の首筋に次々と食い付いていった。子供達に『喰われた』男達は瞬時にその場に崩れ落ちた。
 やがて男達の声は止み、死体の如き肉体の山が気づかれた。
 
 子供達の体から光は消え、地に足を下ろした。その表情はまるで満腹感に満ち溢れたようににも見えた。

 呆然とする彼と連れ合いの前まで歩みを進めた子供達は、深紅の瞳を輝かせながら口を開いた。

『私はピノ』
『僕はプルー』
『私達(僕達)はマギウス......始まりのマギウス』

 紀元前6万年、限りなく地中海に近いアフリカの星空の下での出来事であった。