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個人の仕事と組織内での仕事

お立ち寄りくださいましてありがとうございます。
最近(でもないか)改めて思ったことをちょいと書かせていただきますね。

本当に独り言なのですが、ちょっと意識を引き締めなくちゃな、と思ったことがありまして。
私は欲張りなので、今現在ゲームシナリオ、音声シナリオ、小説、と文字周りのお仕事をいろいろさせていただいてます。
その中でも、自身の携わったゲームシナリオの告知に関してなのですが。
(これは内輪の細かい話かもしれませんが、自分の中で整理する意味もあってここで書かせていただきます)

ゲームというモノは、ご存じのとおりテキスト(シナリオ)だけではなくイラスト(ヴィジュアル)、音楽やキャラボイス(音声)など様々な要素が集結して作られていますよね。
それらを構成するのにシステム開発や調整など、多岐にわたって専門の方々の技術をもって作り上げられている世界。
その中で、私はキャラのストーリーづくり(シナリオ)やフレーバーテキスト、キャラボイスの乗る台詞などの文字周りを担当させていただいています。
とはいえ、ユーザー様方に目にしてもらえる、体験していただくゲームとして公開されるシナリオ・テキストは、当たり前ですが私ひとりの力でできあがったものではなくて。
文字周りひとつとっても、社内でチェックしていただいて必要とあれば修正をするという工程を経てからリリースされるもの。
要するに、私の名義で「シナリオ書きましたー」と公言・告知してしまうのは語弊があり、憚られるということです。

自身の職歴・実績としてビジネス上アピールする分には問題ないとは思うけれど(当然その際は、〇〇会社所属時、もしくは業務委託で、という大前提は記載しておく必要あり)、実際にそのゲームをプレイしてくださるユーザー様方に対しては、誤解を招く恐れがあります。
つまり、「このライターがこのお話を1から考えて全部この人の判断で執筆したんだな」と思われてしまう可能性があるということです。
もちろん、ユーザー様方の中には、界隈の事情をご存じの方々や、会社という組織で何かを作り上げるには、という事をご理解くださっている方々もいらっしゃるでしょう。
だけど、シナリオライターAさんがこのストーリーを書いた、という情報、しかもAさん本人から発信されたとなると、上記の誤解ある認識になってしまうのは無理もないことです。

これはよくよく考えると恐ろしいこと。
どういう事かというと、下記例を挙げてみます。
Aさんが書き上げたものが会社内でのチェックを受けた際に数カ所変更が入ったとすると、それは複数の目が入ったからであってAさんひとりの力では及ばないところ。そして変更した箇所がとあるユーザー様の萌えに刺さった、となると、これもAさんひとりの力ではないことになりますね。だけど「Aさんが書いた」という情報だけだと、そのユーザー様は「Aさんが書いたお話素敵!」と受け取られる可能性が。
会社内でチェックしてくださった工程がないがしろにされているということにもなりかねないのです。
なので、告知されるライターさんの中にはちゃんと「○○制作会社監修のもとに~」といった感じに但し書きというか、注意書きみたいに記載されている場合があります。
かくいう私も、業務委託の場合はお取引いただいている会社様に告知の許可をいただいたうえで、その辺はきちんと弁えています。

ユーザー様方にとっては、ゲームが楽しめたらOKだろうし、会社もユーザー様方の満足度を高めることも目指しているので、誤解云々は細かい話かもしれません。
だけど一度誤解をしたユーザー様にとっては、次同じくAさんの書いたもの、と告知されたものを楽しもうとしたら、なんか違う……がっかり……となってしまう可能性も(もちろん、期待以上だ!となる逆のパターンもあるけれど)。

会社内でゲームのクオリティを保つためのチェックなので、もしAさんが執筆したシナリオに修正がほぼ入らなかったとしても、会社がOKを出したからその形でリリースされるんだということも忘れてはいけないと思います。
要するに、自分は組織の中のひとり(いい意味で)だということを、肝に銘じておこう、と改めて思ったのです。
ゲーム制作チームの中にいるからこそ、ユーザー様方に自身の尽力したものを届けることができるんですよね。

何故わざわざこんな事を?わかりきってる事なのに、とお思いの方々もいらっしゃるかもしれません。
理由は……
まず、私は個人でも文字周りのお仕事(各種シナリオ・小説執筆)を承っているので、信頼を得るために実績をアピールするのはとても大切なことだと思っているところがありまして。
だけど、個人で承ったお仕事実績と、組織の中で為し得た実績とは別物だと受け止めなくてはいけない、と改めて思った次第です。

組織の中では、どこまでが自身の力で出来たのか、どこから周りの方々のお力を借りたのか、という切り分けは難しいところだし、そもそも切り分けるということ自体が不毛というか、意味のないことかと思います。相乗作用でいいものが出来上がったらこれ以上のことはないので。チームで協力し合ってひとつのモノを作り上げるのは、自分ひとりでは成し得ないことが出来てしまう可能性もあって、言い方は悪いですがその場合の手柄は誰にあるんだなんてことを考えるのは無粋だなあって気がします。

(物語を作る工程で、切り分ける、という事がいかに難しいかということも若干絡んでいるけれど、それはまた別の機会にゆっくり思考を巡らせるつもり)

頑張って考えて書いたものを自身の名義で「シナリオ書かせていただきました」と言いたいのはやまやまなのですが、素案・プロット等自身で練り上げたものだとしても、ユーザー様方にお届けする段階ではチームの皆様・会社にチェックしていただいて整えたものなので、なんというか、おこがましいんですよね……

この件に関しては、前々から自分のなかでもいろんな考えが衝突しててモヤっていたところなのですが、やっぱりそうだよなー、と自分で納得したきっかけがあったので、ゲーム等での名義とは違う場所であるココで書かせていただきました。

(すみません、オチはありません。だからなんやねんて話です)

最後までお読みくださいまして、ありがとうございます!

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