真の敵、汝の名は…
魔界の王になる決心をした少年でしたが、常に「何かが足りないな…」と感じ続けていました。それどころか、足りないモノだらけでした。決定的に足りないのは経験でした。
「世界に出なければ!広い広い世界に!」
その想いは日に日に強まっていきます。その為にはエネルギーが足りません。眼前に迫る高く厚い壁を突破するだけのエネルギーが!
もっと強い心の力が必要でした。なんらかの方法で壁を突破するためのエネルギーを獲得せねばなりません。たとえば、もっとずっと強い憎しみとか…
少年は過去になんらかのヒントになるような出来事はないかと、自分の人生をもう1度振り返ってみました。
*
11歳の秋、突然戦場に放り込まれ、あれよあれよという間に地獄の底へと落ちていき、そこから7年以上も戦いを続けています。
最大の敵は「母親」でした。
禁じられた言葉の1つ「心の弱い人間」というセリフを母親は好んで使いました。でも、少年の心は本当に弱かったのでしょうか?
「ほんとに僕は心の弱い人間だったのだろうか?」
母親の言葉が事実なら、少年はとっくの昔に自ら命を絶って、この世を去っていたはず。事実、そんな風に考えることもありました。
少年が小学生の時、近所のお兄さんが線路に飛び込むという事件が起きました。猛スピードで走ってきた電車の前に飛び出して、あわれ肉の塊と化したそうです。少年は現場を直接見たわけではありませんでしたが、その話はよく覚えていました。
「わかる。今ならば、その気持ちがよくわかる。なぜ、線路に飛び込まなければならなかったのか、その理由も気持ちも理解できる!でも、ここで死ぬわけにはいかない。まだ、目的を果たしていないのだから!」
同じような立場に立たされて、その気持ちを理解しながら、少年は自ら命を絶つようなことはしませんでした。
ほんとに心の弱い者ならば、おそらくどこかの時点で死を選んでいたことでしょう。ところが、少年はその道を選びませんでした。生来より兼ね備えていた「生存本能」のようなものがそれを押しとどめていたのです。
このような状況に陥った時、あるいは神に祈りを捧げる者もいたでしょう。事実、多くの者たちは同じ状況下で神にすがります。紛争地帯で暮らす住民や、幼い頃より虐待を受けてきた少年少女たちは、頼るものがなく最後の最後に神に希望を抱くのです。
けれども、この道も少年は選びませんでした。なぜなら「神様は助けてくれなかったから」です。
もしも、ここでキリスト教の宣教師や、なんらかの宗教団体の関係者が現れて少年を救い出してくれたなら、彼はそのことに感謝し、一生その組織に身を捧げたことでしょう。そうなる可能性だってあったんです。
ただ、誰も助けに現れなかっただけで!
余談にはなりますが、後に彼が様々な宗教の教団に誘われても、ただの一度も軍門に下らなかったのには、そういった理由があったのです。この時期に少年は「神仏無効化」とでも言うべき防御能力を身につけてしまっていたのでした。それも無意識の内に!
敵は母親であり、他の人たちは関係ありませんでした。でも、ほんとに?見逃していたのは、その部分ではなくて?
「世界は何もしてくれなかった。それって『誰も味方になってくれなかった』ってこと?それとも…」
ここで少年は気がつきました。「なるほど。世界は無関心だ。みんな自分の身を守ることで精一杯。自分の身を守れるのは自分だけなのだ」と。その考え方自体は、小学6年生のあの日と同じでした。
ただひとつ違っていたのは、世界に対する反応です。
かつて、世界は敵でもなく味方でもありませんでした。けれども、今回は違いました。
少年は真の敵が誰なのか、ようやく理解したのです。
「真の敵。汝の名は世界」