伝説の悪魔
少年は「それ」がいつ生まれたのか知りません。気づいたら、頭の中に住んでいたのです。
それは、このような名で呼ばれていました。
「伝説の悪魔」「魔界の王」「世界を滅ぼす力を持つ者」などなど。いくつもの通り名がありました。
ただ、共通していたのは、いつも自信満々で微笑みを絶やさず、それでいて絶対的な能力を有していたことだけです。
基本スタイルは漆黒の髪に漆黒の瞳の青年で、いつも闇に包まれたような服装をし、全身を包むようにマントを羽織っていました。
けれども、それだけではなく、時にボロボロの浮浪者の格好をし、少女の姿をしていたり、老人だったり、子供だったり、凶暴な化け物だったりするのです。
少年は思いました。
「これは、一体、なんなんだろう?」と。
明らかに異質な空想でした。でも、同時に「かっこいいな」とも思いました。少年は、自分にない力を持った異質な存在に憧れを抱いたのです。
10代の少年は、頭の中にいくつもの空想を描き出します。いまだに、それらのイメージを文章化することはできませんでしたが、それでも空想は肥大化し、やがて1つの世界を形成していきます。
この現実とは別の世界。別の物理法則に従って回っている世界。多種多様なな魔法もあれば、数多くの精霊たちも住んでいます。その世界で最も鮮明に最も長い時間、映像として浮かび上がってきたのが、「伝説の悪魔の物語」だったのです。
伝説の悪魔はいつもは魔界に住んでいて、気まぐれで人間たちの住む国にやって来てはちょっかいを出します。
少女の姿をして街の住人にイタズラを仕掛けたり、いじめられている子供を助けて大人をなぎ倒したり、泥棒や盗賊の仲間になって財宝を奪ったり。
あるいは、もっとスケールの大きなことを行うこともあります。国のシステムを根底から破壊して国家に混乱を招いたり、荒野で数万・数十万の軍勢を相手に大規模な戦闘をこなしたりするのです。
少年は空想世界の悪魔の足取りをたどり、行動を眺めながら、憧れの気持ちをさらに強めていきます。
「いつか、あんな風になりたいな」とさえ思うようになっていました。
でも、土台それは無理なお話です。なぜなら、少年と空想世界の悪魔では、何もかもが違い過ぎるのです。「心の余裕」も「持っている能力」も「見た目」も全然違っていました。少年は魔法を使うこともできなければ、変身能力も持ち合わせてはいません。
唯一、戦闘能力だけは近いものがありました。瞬間的にとはいえ、母親と対決するあの時間だけは「何か近い存在になれている」という実感があったのです。
でも、それも次元が違います。何か「戦闘における基本」のようなものがなっていないのです。少年がやっているのは、桁違いの攻撃力と防御力でただ闇雲に殴りかかっているだけといった感じ。
対して、悪魔の方は「洗練されている」のです。まるで一流の芸術作品のような美しさを感じさせ、戦闘を眺めているだけで恍惚とした気持ちにさせられるのでした。
大地を埋め尽くす数万の軍勢。
伝説の悪魔は、それらを前にしても冷静さを失いません。逆に退屈そうな表情をすると「めんどくさいな…」と一言つぶやきました。
それから、味方全員に撤退命令を出します。全員が魔界へ帰ったのを確認すると、ヒョイと巨大魔法を1つ放ちます。
大地に無数の亀裂が走り、兵士たちは瞬く間に地の底へと吸い込まれていきました。
さらに、生き残った「宙に浮いている敵」相手に、今度は別の魔法を放ちます。宇宙の果てから岩の塊をいくつも呼び寄せると、大地に向かって隕石群を降り注がせます。
生き残っていた「飛行能力を有する敵たち」も、天から降り注ぐ岩の塊に翼や体を貫かれ、ほとんどが血を流しながら地面に倒れていきました。
残りの軍勢は散り散りになりながら逃げ惑います。
悪魔は、まるで寝起きの時のようなアクビを1つすると、自分も魔界へと向けてゆっくりときびすを返しました。
あるいは、こういうのもあります。
大地は敵味方が入り乱れての戦闘と化していました。
伝説の悪魔は、はるか上空に無数の矢を召還すると、地面に向けて一斉に矢を放ちました。
矢は敵味方を選りわけ、的確に敵のみを貫き、味方には一切傷を負わせないのです。それも、数センチとか数ミリの精度で確実に敵の弱点を狙い、大ダメージを与えていくのです。
「精度が違うな…」と、少年は思いました。あんな芸当は天地が引っくり返ってもできません。「本物の戦闘の天才」というのは、ああいうのを言うのだろうなと思いました。
ただ1つ。少年は疑問に思うことがありました。悪魔はとてつもない能力を持っているのに、周りには仲間がいるのです。確かに単独行動も多いのですが、魔界に帰れば、いつも誰かしら待っていて周りを取り囲み、楽しそうに会話しています。
「あんなに強力な力があるのに、どうして仲間が必要なのだろうか?1人でだって戦えるはずなのに…」と、少年は不思議でなりませんでした。
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