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魔界の王

病院を退院して、しばらく静養すると、胃の痛みはしだいにおさまっていきました。けれども、少年にはこの先の展望が全く見えていませんでした。

学校に戻る気は2度とありませんでしたし、勉強するのはもう嫌でした。少なくとも意味のない受験勉強などする気はありませんでした。「もっと役に立つ勉強ならしてもいいけれど、それも今すぐには無理だな」と思いました。

…かといって、何をすればいいのかわかりません。


それで、少年は思索の日々を過ごします。何日も何週間も何ヶ月も、物思いにふける日々を過ごしました。

「自分のどこが悪かったのだろうか?」

「どうしてこんなコトになってしまったのだろうか?」

「どうすれば、この運命を回避することができたのだろうか?」

毎日毎日そればかり考えて暮らしました。

結論は出ません。でも、いくつかの仮説を立てることはできました。

「自分がもっと強い人間で、母親の命令にもっと早い段階で反抗していれば、こんな人生にはならずに済んだのではないだろうか?」といった仮説です。

たとえば、「塾の試験を受けに行こう」と言われた日。入塾テストに受かった日。第2志望の学校に合格した日。高校を辞めようとした日。どこかでもっと強く主張していれば、自分の意思を貫き通していれば、人生は変わっていたかもしれません。

でも、そのたびにあの母親が邪魔するのです。頭の中で何百回もシミュレーションしてみるのですが、どのルートを通っても必ず別の母親が現れて、ありとあらゆる方法で元あったルートに戻そうとしてくるのです。

「これは決められた運命だったのだな…」とあきらめるしかありませんでした。

もしかしたら、無数の針の穴を通すような確率で、なんらかの方法があったのかもしれませんが、この時の少年にはその手段を見つけ出すことはできなかったのです。

代わりに別のコトを考え始めました。

「過去が変えられないならば、未来を変えるしかない」

自分自身の手で未来を変える!たとえ、いかなる手段を用いようとも!どのような人生を歩もうとも!人としての道を外れるようなことがあったとしても!

この瞬間、少年は気づきました。

「そうだ。自分は死んでいたのだ。今さら何を怖れることがあるだろうか?もう怖いものなんて何もないんだった。だって、死んでるのと同じなんだもの」

ここから抜け出す手段。病院からそっと抜け出して、家までの道を往復したように、なんらかの方法があるはずなんだ。制限はない。頭を働かせろ。ありとあらゆる手が使える。ならば、必ずあるはずなんだ。この地獄の世界から脱出する方法が!

少年の頭の中のコンピューターが全力で回転し始めます。いくらヘトヘトに疲れ果てているとはいえ、「たった1つの願い」ならばかなうはずなのです。


そして、1つの結論にたどり着きます。具体的な脱出方法は、まだわかりません。でも、もっと根本的な解決策を見出したのです。

「アレになればいいんじゃないだろうか?世界を滅ぼす力を持つと言われた『魔界の王』に…」

地獄の鬼に対抗するには、自らも鬼になるしかない。いや、それではまだ甘い。相手と同等の存在では駄目だ。それらを遥かに上回る存在にならなければ。鬼や修羅を凌駕する特殊な存在に!

そう考えたのです。

最初それは、この年ごろの子供なら誰もが1度は考えるような突拍子もない妄想に過ぎませんでした。

けれども、少年の場合は別でした。本気だったのです!命の危機を感じ、必要に迫られ、地獄から脱出するため、絶対に魔界の王にならねばならなかったのです。

ここまで読んできた読者のみなさんなら「本気の夢」がどうなるかは、もうご存知ですよね?

そう!心の底から信じた夢や願いは実現するのです!たとえ、それが「世界を滅ぼす」とか「魔界の王になる」といった現実離れした願いであったとしても!心の底から信じて信念を貫けば絶対にかなう!彼はそれを知っていました。


青かった空は、黒雲に覆われ
太陽は二度と顔を出さず
星々は地に堕ち、月は粉々に砕けた
母親は敵で、父親はその傀儡
それ以外の大人は存在してないも同じ
この世界に味方はおらず
神は現れなかった
この地獄の地において信じられるのは己のみ
ならば、全ての修羅や鬼どもを切り伏せ
可能ならば下僕としよう
これ以上傷つかぬため、地獄の王となろう

これは、たった今、作者が適当にでっち上げた詩です。

病院の先生に見せた詩。それが、どういうものだったのかはわかりません。今や完全に失われてしまったからです。

内容的には確か、「自分はカゴの中の鳥であり、ここから逃げ出すことはできない。誰か外に出して。広い広い世界に連れ出して…」といったものだったのではないかと思います。

きっと、あの少年ならば、もっと稚拙な表現方法でしか表現できなかったはず。ただし、あの頃の方が魂はこもっていたでしょうが。

あの頃のようなドス黒い思いはもうありません。だから、近いモノをマネして書くことはできても、あの少年の魂の叫びの塊のようなものを生み出すことは、もう一生できなくなってしまったのかもしれません…

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ヘイヨー
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