ハンバーガー屋さんの思い出

せっかく熱い友情をはぐくんだガソリンスタンドの店員さんでしたが、2度と訪れることはありませんでした。なんだか恥ずかしかったし、場所もわからなくなってしまっていたからです。

実はアレこそが「営業の極意」だったのですが…

「1度ケンカして仲直りする」というのが、営業においては最高レベルの能力であり、人間関係の極意とも言えました。けれども、この時の青年にはそれがよく理解できませんでした。それでも、この時のコトは潜在的に心の底に残り続け、いずれ役に立つことになります。


初めて商品が売れたのは、近所の個人商店でした。店番をしていた年配のおばちゃんに、例の「シュッシュと振りかけまして、20~30秒待ち、サッと拭き取りますれば、ほ~らこの通りピカピカになりました!」というのをやってみせたところ、「かわいそうだから1本買ってやろう」ということになりました。

ところが、おばちゃんに商品の値段を継げたところ、「アラ、いいお値段なのね」と言われてしまいます。

青年は得意げになって、「でしょ?いい値段でしょ?」と答えます。

即座に「バカ!いいお値段ってのは、高いってことよ!」と返されてしまいました。

それでも、1番小さなお掃除用の薬品を1本購入してもらえたので、ありがたい話です。


次に商品が売れたのは、近所の教会でした。

青年が商品の説明をしようとすると、神父さんはその言葉をさえぎり「それはいいから。クリスマスにパーティーを手伝ってください。その代わりに、その品を買い取りましょう」と言ってくれました。

青年は、大喜びで契約を結んで、さっそく教会に商品を届けに行きました。ところが、クリスマスの季節にはそんな話はスッカリ忘れてしまっていて、教会にお手伝いに行くことはありませんでした。

もしかしたら、クリスマスパーティーで運命の人に出会って恋に落ちていたかもしれないのに…

でも、そちらの道は選ばなかったので、その可能性は永遠に閉ざされてしまいました。


その後、自転車で遠出して、デザイン会社に商品を売り込みに行ったり、中学校の職員室で話を聞いてもらったり、他にも様々な個人や企業に足を運びましたが、商品は全く売れませんでした。

結局、個人商店で「お掃除用の薬品(小)」×1本と、近所の教会で「お掃除用の薬品(中)」×2本を売ることに成功しただけ。これが、青年の営業マンとしての売り上げの全てになります。

なにしろ、お金が入ってこないので生活ができないのです。これには困りました。出ていくお金は多いのに、入ってくるお金はほぼゼロ!

そこで、青年は次の仕事を探し始めます。

         *

そんなある日、新宿をブラブラしていると、南口をちょっと歩いたところにある「大きな時計のあるハンバーガー屋さん」が目に止まりました。お店の入り口には張り紙がしてあって、「最大で時給1250円」と書いてあるのです。

「これだ!」と思いました!

さっそく青年はお店の人と交渉して、面接を受ける手はずを整えました。それから、日を改めて履歴書を手に再度お店を訪れました。

今回は、学歴のことは大きな問題にはなりませんでした。なぜなら、同じように高校中退で働いている人が何人もいたからです。

…というわけで、見事にハンバーガー屋さんで働かせてもらうことに決定!


ここで青年は遠い昔のコトを思い返します。小学校の卒業の記念に、友達2人と一緒に市内まで電車に乗って遊びに行った時の思い出です。

※この時のお話


「そういえば、あの紙はどうしたのだろうか?」

トレイに敷いてあるきれいな紙を丁寧にカバンに入れて持ち帰り、母親に見せようとしたはずです。

「確か、母親は家事に忙しく、生返事をしながら振り向いてさえくれなかったのではないだろうか?」

青年は、そう思いました。

「きっと、あの紙も興味をなくして捨ててしまったのだろう…」

そんな風にも思いました。

もしかしたら、あの時の小学校の思い出の影響もあったのかもしれないですね。新宿の大きなハンバーガー屋さんで働き始めたのは。

いずれにしろ、青年は怪しげな薬品を売る営業には全く行かなくなり、ハンバーガー屋さんでの仕事に没頭するようになっていきます。

noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。