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安定はそれ以上の進展を阻む
実は、あの人との関係が一番うまくいっていたのは、この時期かもしれません。特に大きな波風も立たず、それなりに仲良くやっていたので。
…かといって、何かが起こるわけでもありませんでした。安定しているということは、先に進むキッカケもないとも言えます。お互いに相手のコトを意識しながら、結局、それ以上関係が進まないという。なんとも、もどかしい状態だったのです。
それに、過去のコトがいろいろ気になったというのもあります。疑似的とはいえ結婚生活に近いとこまでいったのに、あの人は他の男の人のもとに走っていったわけでしょ?心のどこかに、あの頃のコトが引っかかり続けていたのです。
「おそらく」としか言いようがないのですが、浜田君とのコトは事故みたいなものだったんです。きっと、彼女は相手を間違えたのです。あの人自身、それに気づいているような節もありました。ただ、自分からハッキリと認めたくなかっただけで。
せめて一言謝ってもらえれば。
「私は相手を間違えてしまったのです。ごめんなさい…」と。
その一言をずっと待ち続けていたのに、ついに彼女の口からその言葉が発せられることはありませんでした。
なんと心の狭い人間だったのでしょうか、あの頃の青年は。過去のコトを水に流し、ゼロからやり直していれば、もっと別の展開もあったかもしれないのに…
というわけで、2人の仲はそれ以上進展せず、中途半端な関係が続いていきます。
青年は相変わらず自由気ままに世界を飛び回り、あの人はフリースクールの先生として一生懸命マジメに働き続ける。月に2~3度、ボランティアで会ったり、ハイキングやバーベキューで顔を合わせたり。そのような関係です。
この頃から青年は、中野区のボランティア団体で活動するようになっていました。対して、あの人の方は主に板橋区の活動に参加しています。この構図は、物語の中の関係に似ていました。「敵対関係にありながら、なぜだか協力し合う」という構図です。
それで、青年は満足してしまっていたというのもあります。なぜなら、彼にとって一番大切なのは「物語」なのですから。安定して物語が生み出し続けられれば、それで一応の目的は達成されたとも言えます。
この時代、インターネットはまだ普及し始めたばかりで、ホームページを作っている人さえあまりいませんでした。
青年は新しもの好きでしたし、目ざとく便利な道具技術を発見するのも得意だったので、当然ながら時代に先駆けて自分でホームページを作ります。ボランティアの活動報告をかねてメンバーを募集したりもしました。
ホームページ上に、自作の物語を掲載したこともあります。もちろん、あの人に読んでもらうために。その内の1つは「ハードくんとメモリーちゃん」というタイトルでした。
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