「僕の改革 世界の改革」 第26夜(第4幕 14 ~ 18)
ー14ー
雨が降る…
シトシト、シトシト、雨が降る
この雨が、部屋の中にいる私の体すら冷やしていく
このままだと、何もしないまま凍え死んでしまうだろう
ストーブをつけなければ…
でも、そんな気力すら失せかけてきてしまっている
それに、やがてはストーブの中の灯油もなくなってしまうだろう
そうしたら、今度はストーブのための灯油を買いにいかなければならないだろう
今の私に、それ程の気力は残されていない
それに、ストーブの灯油を買うためには、お金も必要だろう
ストーブの灯油を買う為のお金を稼ぐ気力も、今の私にはない
もう、私は死ぬしかないだろう
この雨に降られて、凍え死ぬしか
いや、いずれにしろ、やがて冬はやってくる
この雨は、私の死期を早めてくれた
それだけに過ぎないんだ…
ー15ー
僕は、詩人の彼に向かって尋ねた。
「君は、ほんとうにストーブをつけないのかい?」
「さあ…ほんのちょっとだけやる気を出して、つけるかも知れないねぇ」
「もしも、ストーブの灯油が切れたら、どうするんだい?灯油を買いに行くのかい?」
「さあ…ほんのちょっとだけやる気を出して、買いに行くかも知れないねぇ」
「もしも、灯油を買うお金がなくなったら?灯油を買うために働くのかい?」
「さあ…ほんのちょっとだけやる気を出して、働くかも知れないねぇ。あるいは…」
「あるいは?」
「誰かが、なんとかしてくれるかも知れない」
「誰か?『誰か』って誰だい?」
「さあ?誰かは誰かだよ。もしかしたら…君かもね」
「まさか!」
僕はバカバカしくなった。
バカバカしくなって、バタンとドアを閉めて出て行った。
こんなヤツのために、誰がストーブなどつけてやるものか。
こんなヤツのために、誰が灯油など買いに行ってやるものか。
ましてや、誰がそのための金など出したり、働きに行ったりしてやるものか!
ー16ー
外では、まだ雨が降り続いていた。
小屋のひざしの下で寒さに震えていると、1人の女の人がやってきた。
そして、僕に声をかけてくれた。
「寒いでしょう。どうぞ、お入りになって」
「あ、あの…」
「いいから、どうぞ」
「あ…はい」
僕は、言われるまま、再び小屋の中へと入った。
「ただいま」
そう言って、女の人はストーブに火を入れる。
「すぐにあたたかいスープを作りますからね」
それから、詩人の方を向いてこう言った。
「この人、小屋の外で寒そうに震えていたんですよ」
詩人の男は、何も答えなかった。
女の人は、料理の準備をしながら僕に向かって語りかけてくる。
「私はね。この人の為にスープを作るんです。そうしたら、この人は喜んでくれる。『あたたかい、あたたかい』と言ってね」
ー17ー
「私がここを初めて訪れた時、この人はとてもお腹を空かせていた。そして、スープの歌を唄ったんです。そう、こんな感じで…」
女の人はそう言ってから、唄い始めた。
お腹が空いた
スープが欲しい…
スープが飲みたい…
でも、スープを作るには、気力が必要だ
スープを作る為の材料も必要だ
それを買ってくる気力も必要だ
何より材料を買うためのお金もいる
そのお金を稼いでくるための気力も
今の私に、それだけの気力はない
スープを作る気力も
スープを作るための材料を買ってくる気力も
スープを作るための材料を買うのに必要なお金を稼いでくる気力も
だから、私は死ぬしかない
このまま、独り死ぬしかない
ここで独りでヒッソリと…
ー18ー
それから、女の人はこう言った。
「私はね。この小屋に来るまで生きる気力を失っていたんです。きっと、死に方を探してさまよっていたのでしょうね。でも、不思議なコトに…ここに来て、この人に出会って、この人の歌を聞いて、生きる気力がわいてきたんです」
僕は、黙って彼女の話を聞き続けた。
「ピタッとはまったんです。まるで、こう…連結車の連結部分か、コンセントとプラグのように。そこにはまることが最初から決められていたみたいに、ピッタリと」
彼女は、さらに続けた。
「彼は気力を失いかけている。でも、かろうじてながら生きている。そして、時々、歌を唄ってくれる…彼にしか生み出せない彼だけの歌。私は、その歌を聞いているだけで心がなごむんです」
詩人はストーブの前で毛布に包まったまま、ゴソゴソとしていた。
僕は語る言葉を思いつかぬまま、彼女の話を聞き続けた。
「正直言って、外の世界では生きている気がしません。私は炭坑で働いていますけれど…それはもう毎日が毎日、息がつまる思いです。でも、ここに帰ってきて、この人のためにストーブをつけて、スープを作ってあげて。そして、この人の唄う歌を聞く。それだけで、もうやる気がわいてくるんです。心の底から」
彼女はスープを作りながら、ひとりしゃべり続ける。
「私の人生はその繰り返し。外の世界で気力を失い、この場所で気力を取り戻す。延々とその繰り返し。でも、私は幸せです。ただ、それだけのコトで…」
スープが出来上がり、彼女はそれをテーブルに運びながら言った。
「ただ、それだけのコトだけど…でも、それで充分なんです。あの時、死んでしまわなくてほんとうによかったな。そう思います」
『共依存』というヤツだろうか?
noteの世界で輝いている才能ある人たちや一生懸命努力している人たちに再分配します。