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【試し読み】西村康稔(衆院議員)×小川榮太郎 どうする?トランプ時代の日本
【初出:『湊合』令和六年冬号(2024年12月刊)所収「特集 政治の混迷――求心力が日本を救う」より】
「安倍―トランプ外交」の秘話
小川 西村さんは政治資金問題で自民党の厳しい処分を受けましたが、そもそも不記載ではなく、超過分の百万円はご自身のパーティー収入として申告されていた。清和会の幹部としての道義的責任はあるにせよ、個人として、党員資格停止はいささか度の過ぎた冤罪のように思いますし、選挙も無所属で戦ってしっかり勝ち上がって、禊みそぎ も済まされた。私としては、早々と政治の中枢に戻っていただきたいと強く願っています。
なぜそう考えるのか。第一に、ドナルド・トランプ氏が米大統領に再選されたからです。西村さんは安倍外交の中枢を一番経験されてきた。これは多くの人が漠然と考えているよりよほど重大なことで、安倍―トランプ外交の経験者である西村さんを差し置いて外交戦略は描けないのではないかと私は考えています。
西村 海外出張には官房副長官が随行しますが、安倍総理時代、私はアメリカ、中国を主として担当しました。トランプ大統領とは十回近く首脳会談で同席をしましたし、ゴルフも一緒にした。電話会談も含めると二十数回やり取りを目の当たりにしています。仰る通り、トランプ大統領への対応、これは相当難しい。懐に入って信頼関係を築かないとなかなか話ができませんから。
小川 安倍さんがトランプの懐に入っていく、それはどんなものだったのでしょうか?
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西村 そうですね。大統領はなかなか面白いところがありましてね、ある電話会談の時、最初に「マチヤマ、マチヤマ」と言うのですね。みんな何の話だと思ったら、ゴルファーの松山英樹さんが全米オープンで優勝した時、俺はずっと一日中見ていたのだと(笑)。松山はすごい、是非一緒にゴルフしたいと仰るわけです。これはその後に実現するのですが。だから、ゴルフが好きであるとか、沖縄に着けば沖縄はいいリゾート地らしいなという話だったり、そこに的確に答えながらも、本論に持っていく。まごついているとたぶん信頼関係を築けないでしょう。
小川 なるほど、外交というのは実に人間臭いものですねぇ(笑)。
西村 なかなか難しい人ですが、懐に入って信頼関係が出来ると、一挙に関係が深まる。本当に安倍総理は(トランプ氏に)信頼されておられました。これはもう言っていいと思うのですが、トランプ、メルケルと睨み合って真ん中に安倍さんが入っている――
小川 ああ、有名な写真ですね。
西村 カナダ、シャルルボワでのG7の写真ですが、あの時、二、三十分くらい、冠詞をaにするかtheにするかで首脳が議論しているのですね。インターナショナル・トレード・システムだったと思いますけど、その名詞、国際的な貿易システムの前にaを付けるかtheを付けるか。theをつけるとWTOの話になってしまう。唯一の特定のものになりますから。トランプ大統領は、WTOは嫌いだからaにしてくれと言う。一方、メルケル首相とヨーロッパはWTOを中心にやりたいからtheにしたいと言って譲らない。
それで安倍総理もこれはどうしたものかと……。本来は山崎和之外務審議官が調整をやってきていますから、彼がアドバイスしなきゃいけないのですが、もう三日間くらい徹夜していて、ほとんどもうぼーっとした状態で…。写真でも分かりますが(笑)。そこで私から総理にaでいきましょうと申し上げました。aならトランプの言うように一般名詞にはなるけれど、その中にはWTOも含まれますから、メルケルにそう言うのはどうでしょうかと言ったのです。そしたら安倍さんがそれはいいなと仰って、最後にトランプが、もう安倍の言う通りにするからシンゾーまとめてくれよと言われた。そこで総理がメルケルを説得して、最終的にaになったのです。
後日談がありまして、あの写真、私だけがなぜかカメラ目線でしてね。安倍さんからはよく「西村君だけカメラ目線だね」と冷やかされました。
そういうシーンは何度もありました。国連総会のサイドでの会議で、主要国だけが環境問題か何かで集まる時に、トランプ大統領が「出ない」と言う。「シンゾーが出て、俺の横に座ってくれるなら出る」と言って(笑)。そういう話はいっぱいあります。
小川 いや、それは国益にダイレクトに響く大変な信頼関係ですね。西村さんは肌身でその重要性を感じてきたわけだ。
西村 今回は、第二次政権の安倍総理と同様、トランプ氏も間を空けての再登板でしょう。一期目のいろんな教訓を多分彼なりに踏まえて臨むでしょうね。
小川 折しもメルケルさんが初の回顧録で、トランプ氏は安倍さんとは十九秒も握手したのに、自分は握手を求めたけど無視されたと書いておられるそうですね(笑)。メルケルとトランプ、これは一騎打ちと言うか、そういう感じですか。
西村 最初のカナダのG7の時からトランプ大統領はヨーロッパ批判が厳しかったですから。ヨーロッパやカナダは、保護主義はだめでWTOに基づいて自由な貿易システムでいくべきだと言うわけですが、それを言うならドイツは防衛費をどれだけ払っているんだと反撃してくる。アメリカはNATOでこれだけ負担しているというわけです。カナダの場合もケベックでかなり農業の保護主義をやっている。するとトルドー首相に対して、じゃあ農業の政策全部やめようじゃないかと言ってくる。トランプ大統領の主張は、極端ではあるけれど、ある意味ポイントを突いているわけです。きちんとした反論をしてきますので、それに対して答えていかなければいけない。メルケル首相は安倍さんに、「どうやってトランプ大統領と信頼関係を作ったのか」と会うたびに何度も聞いていましたね。
小川 驚くべきことですよ、それは。
西村 これは、私は何度も聞きました。それからもう一点付け加えると、ドイツ経済が中国、ロシアに相当依存していましたから、メルケルには中国に配慮するという感じがすごく出ていた。
メルケルは中国には何度も行っているのに日本にはなかなか来なかった。安倍政権でようやく初めて来日した時にも中国配慮が滲み出るわけです。それに対して対中国の課題、特に機微な技術についての課題について、安倍総理は非常に的確にメルケルに話をしていました。
そういう意味で、これからの時代に中国にどう対処していくかを含めて、日米欧で連携して機微な技術の管理、これは経済安全保障ですが、そこも連携していかなければならない。
トランプもそうですし、習近平もそうですけれども、一対一のディールを彼らは好むのです。中国はCPTPPに早く入りたいから、一カ国ずつアメとムチを使いながら説得をしていっている。中国の規模で一国ずつやられると厳しいですから、連合を組む必要がある。日米欧もそうですし、クワッドの日米豪印とも、ASEANの国々とも、日本はしっかり組まないといけない。石破総理の言われるアジア版NATOはちょっと難しいですが。
小川 そもそも憲法改正しないとできませんからね。
西村 ですから、多層的に二重三重に色々な国と連合していく。クワッド(日米豪印)に加えて、例えば、フィリピン、今、日米比も非常に良い。そういったものを積み上げていく。結果的に重層な反覇権連合が出来る。
小川 それこそ現在の日本外交の基本ですね。憲法改正が遅れている中で、第一次政権時に、安倍さん、麻生太郎さんが構想されたのが多層的な安全保障です。構想も画期的だったけれども、安倍さんがそれを現実化し、岸田前総理がさらに発展させたと思います。しかしこの外交は、首脳の能力が非常に問われますよ。
西村 まさに仰る通りで、一対一で小国と何かディールされると本当に大変なことになる可能性がありますからね。
小川 そうなのです。
西村 トランプ大統領に日米同盟という基軸をどう理解してもらうか。私に印象に残っている象徴的なことを言えば二つですね。一つは安保法制が出来たことが非常に大きかった。要件こそありますが、いざという時に自衛隊が米軍をしっかり支援できる枠組みを作りました。その意味をトランプ大統領に充分認識してもらった。
もう一つは、トランプ大統領が来日した時に、後に言わば「専守防衛型空母」に改修することになる護衛艦「かが」に乗ってもらった。その時、トランプ大統領は、「日本はこんなにすごい船を持っているのか」と言われたんですね。空母に比べれば規模は小さいですが、しっかり防衛力を強化する努力をして、日米同盟の中で対峙していくという日本の覚悟は認識してくれたと思います。
それに加えて、岸田総理は、安倍総理ができなかった防衛費GDP2%まで引き上げ、四十三兆円を五年間でやると決断された。これはもう延長線上ですからしっかりトランプ大統領に打ち込まねばなりません。
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多層的な安全保障
小川 では、先ほどの多層的な安全保障、同盟関係や同志国についての具体的な構想は……
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