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ショートショート 1マイルより広い

そろそろだ。
だいたい0時くらいになるとこの夢にあの人がやってくる。
ほんの一瞬、まどろむのだろう。

日本にこんな大きな河あったっけ、というような濁流に、
真ん中に頼りなげにある中洲。

中洲の中に、小さな鉄製のベンチ。
そこに座ってる私。
じゃらじゃらに、ネックレスつけて。

こんなの、生きてるうちに着たことないはずなんだけど。
なんだろうな。
ノースリーブの黒いワンピース、肘まである黒い手袋、おっきな黒いサングラス。髪までアップにしちゃって。みたことあるはずなんだけど…なんか、すごい昔の映画。
ヘプバーン?
なんだろな。なんだろうね。
清純? そうかな? 銀幕の妖精だっけ?
手袋、嗅ぐだけですごいいい匂いする。

中洲の端っこに、あの人が立ってた。
いたずら見つかった犬みたいな顔して。
ちょっと待たないといけない。あたし、そこまでいけないから。
ベンチの足に、右足、繋がってるから。

いつも通り、黙って歩いてきて、
黙って隣に座って、
黙って、あたしのこと見てる。

ほんとのこというと、あんまり近寄ってきてほしくない。
ここ最近は、特に。
この人、他の女の匂いがするから。
なんていうか
別に、いいんだけど。
失礼、というか。
別に、いいんだけど。

この人が来るたびに、中洲に、思い出の品が飾られていく。
今日は花を持ってきた。
くれたことなんかあったっけ。
覚えてない。昔すぎて。
ほんとは、言えたらよかったんだけど。
ここにいると、あたしはうまくしゃべれない。
あの人が一方的に喋るだけ。

台風が来て、大水が出て、大変だって思って。
走って見に行って、鉄砲水が来て
それで、おしまいだった。

あたし、馬鹿だからさ。
ほんとに、それだけで。

だから、いつまでたってもこの人の問いに答えることができない。

鎖に繋がれたまんま、
どんどん、綺麗にされて。
中洲に、あたしの知らない思い出だけが積み重なっていく。

新しい恋人ができてたって、別にかまわないんだけど。
あたしはもう、してあげられないし。
生きてる人には、かなわないし。
いつも来る、この人だけが、
後悔にまみれて、何か背負って、私に答えを求めにくる。

「誰かと付き合う気はもうないの?」
同じセリフだけ言わされる。
「まあ、どちらかと言えばそうですよ」
カッコつけて、あの人が言って、あたしを残して消えた。

また、あの人が眠りに落ちるまで、夢にあたしはひとりきり。
もう、ひとりでもいいんだけど。
ひとりでもいいから、渡りたいんだけどな、この河。

ショートショート No.90

38ねこ猫さんの企画、広がれ世界の参加作です。


このお話の続きを書く企画です。

たくさん集まるといいなと、外野から思っております。
では、38ねこ猫さん、宜しければ続きをお願いいたします。