ショートショート 金木犀
花の季節になると、金木犀、金木犀と呪文のように唱える。最近では香水や香料に入ることが増えたように思う。漢字が少し難しいから、どちらかというとキンモクセイ。母はキンモクセイの香りが好きだ。
義兄からの誕生日祝いに、母が麻の割烹着をもらった。ひと目みていいものだな、とわかるほど品がいい。つるりとして気持ちのいい肌触り。装飾がなくてとても洒落ている。いいものもらったね、と言い終わらないうちに「気に入らない」と言い出した。
「飾りがなくてちょっと寂しい」というのが母の主張だ。刺繍をするようおおせつかった。御意のままに。黄土色の刺繍糸をフレンチノットで縫い付けて、胸元に金木犀を飾った。好きな花だから。
受け取るなり「これはなに?」と聞いてくる。「金木犀。」と答える。「へえ、こんな花なんだ。」香りばかり先行して、母は金木犀の花をよく知らなかったらしい。割烹着に袖を通す。今日も母の胸に金木犀が咲く。
Novelber No.7「引き潮」 | Novelber No.9「神隠し」
140字小説版