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ショートショート 宝写真館

 宝写真館は、記念写真の撮れる写真屋さんです。昔は現像もやっていたけど、いまはもう、店の装飾に似合わないけばけばした機械があるだけ。差し込めばプリントしてくれるやつです。それも、あまりやりにくるお客さんはいません。

 ショーウインドーには七五三の子供たちの写真が飾ってあります。着なれない袴やら振袖やら、みんなちょっと窮屈そう。頑張って他所行きの顔をしています。

 お店の入り口は開けっぱなし。壁にたくさんの写真が飾られていました。時代はばらばらでしたが、皆、商店街の人の写真です。自分の店の看板を前に、店主が思い思いのポーズをとっています。真面目な人、面白い人、緊張してる人。みな、まっすぐ写真の内側から、こちらを見ています。

「……いいか。この、まん中に映っているのが、お前のお父さんだ。」
写真のひとつを指差して本屋さんが言いました。
「……本屋、馬鹿なの?」
頭の上のジンジャーマンクッキーが言いました。
「嘘。」本屋さんがつい大きな声を出します。「今俺、いいこと言ったつもりだったよ?」
「あんどう、だろ。これ。」

 二人が見ている写真には、小さなお菓子屋さんが写っていました。
 画面の真ん中に『洋菓子 トロワ』の看板。看板の下に緊張して硬直した青年が立っていました。この子が指さされた『あんどう』、トロワの安藤君です。

「で、左にいるのが、さっきの居眠りの人。」
「『小雪さん』と呼べ。」本屋さんがジンジャーマンクッキーに渾身の注意をしました。「全人類と全ジンジャーマンクッキーの義務だ。」
「……隅っこで仲間はずれになっているのが本屋。」

 安藤君の左隣で小雪さんが安藤君の肩を抱いて笑っていました。子供の卒業式に出ている母親のような、誇らしげで、心からの笑顔。小雪さんからすこし離れた後ろに、本屋さんが立っていました。ここでもやっぱり、小雪さんを見ていました。

「これ、さ。」
ジンジャーマンクッキーがちょっと不服そうに言います。
「あんどうの隣、サンタクロースじゃないの?」

 安藤君の右隣には、メガネをかけた男性が立っています。安藤君の肩に手をかけて、長い髭で、ちょっと太っていて、不動産屋さんみたいな丸いメガネをかけていました。

「これは、サンタさんだ。」本屋さんが言い切りました。
「同じだろ。サンタクロースだ。」
「違う。トロワの従業員。三つの太郎で『三太』さん。」
「駄洒落?」
「この世の大抵のものは駄洒落だと思うよ?」

「その通り、この世の大抵のものは、駄洒落だ!」
店の奥から声がして、ジンジャーマンクッキーが飛び上がりました。
「何しにきたの、ノベルズさん。」
 宝写真館の宝さんは、もう随分なおじいちゃんです。耳が遠いので声も大きくて、店先に来るのもゆっくりでした。ベストの上から紐ネクタイをして、その色合わせがぴったりで、いつもおしゃれを忘れない人でした。
「というか、頭に乗せてるの、何?」
「ジンジャーマンクッキーです、」
「そう。コーヒー飲む?」
「いや、お気になさらず。」
「今いれてくるから。」

「おーい。」と言いながら宝さんが奥にまた戻って行きます。

「あの人。受け入れたよ、俺のこと。」
隠れることもできずに本屋さんの頭の上に立っていたジンジャーマンクッキーが言いました。
「うん。おじいいちゃんだから、気にしないんだろ、細かいこと。」
「細かくないだろ。」
「多分明日には忘れてるよ。」
本屋さんが、肩掛けカバンの中から封筒と書類を出しました。出した書類を眺めて、小さなため息をつきました。頭の上のジンジャーマンクッキーに話しかけます。
「ちょっと、『頑張れ』って言ってもらえる?」
「なんだ? なんで?」
「いいから。」
「なんでか教えてよ。」
「大人には頑張らなくちゃいけない時があるんだよ。」
「そうか。頑張れ。」
「…ちょっと違う。」
「頑張れ!」
「小雪さんに言ってもらいたかったなあ…それ…。」
「頑張れ! 頑張れー。」

「頑張れ! ノベルズ!」
奥から宝さんが戻ってきました。なんでもいいので適当に会話に割り込もうとするのが宝さんの癖です。湯呑みになみなみとコーヒがつがれています。
「お茶菓子、頭の上のやつ齧ってもらう感じでいいかな?」
「良くないよ!」
ジンジャーマンクッキーが叫んで、宝さんがからからと笑いました。
「で、何頑張るの?」

本屋さんが苦笑いしながら、封筒を宝さんに渡しました。
「お孫さん産まれたそうで、女の子。お祝いです。」
宝さんの顔が曇りました。
「どこで聞いたんだ?」
「地獄耳ですから。」
「アレは、息子じゃないよ。」
「でも、ソレは、お孫さんなんでしょう?」
「いやなこと言うな。」
「嬉しいくせに。」
「東京なんかにいるんじゃ、会えないよ。いないのと同じだ。」
「頑張ってらっしゃるじゃないですか。」
「知るかよ。」
「あとこれ。」
本屋さんがクリアファイルに入った書類を出しました。
「なに?」
「事業承継関係の書類です。誰かにお店継がせる気、あります?」
「ないよ。儲かんねえもん。」
「知ってますよ。」
「お前の方が儲かってねえだろ。」
「もっと知ってます。」

本屋さんが湯呑みのコーヒーを一口啜って、噴き出しました。

「苦! なにこれ。」
「粉入れすぎたかな。」
「殺す気ですか!?」
「濃い方がいいかな、と思って。」
「こいつ、どっか行く度に毎回コーヒー飲まされてるんだぞ?」
ジンジャーマンクッキーが言いました。
「ほんとに? 言えよ! ノベルズさん!」
「余計なこと言うなよ。歓迎してくれてるんだから。気にしなくていいですよ、宝さん。紅茶とかより、いれるのが楽だから、いいんだよ。」
「胃が悪くなるよ。」
「鉄の胃袋ですし。」
「腹が真っ黒になっても知らないよ。」
「元から漆黒ですから。暗黒の闇。ブラックホールです。」
「そうだな。真っ黒だ。知ってた。」
「嘘でしょ? 俺いつ腹黒いことしました?」

宝さんが、クリアファイルを指差しました。

「それ。…息子になんか、言われた?」

「…さあね。」

 知らんぷりして、本屋さんがまたコーヒーを啜って、むせかえりました。

「これは、いらんよ。」
宝さんがさっきのお祝い封筒を突き出してきました。
「金持ちからしか、施しはうけん。」
「実は俺、宝くじあたったんです。」
「嘘つきからも、うけん。」
「…。」
「お前、早く自分の看板出せよ。写真撮ってやるから。俺が店辞める前に。」

 本屋さんが黙って封筒を受け取ります。カバンから伝票を取り出しました。もう随分薄くなっていました。さらさらと何か書きました。

「嫌です。」

伝票を乱暴にちぎりました。

「飾る所のなくなった写真なんて、いらないです。」

ちぎった伝票を乱暴に宝さんに渡しました。

「じゃ、これ。お祝いってことで。」

 湯呑みに残ったコーヒーを一気に飲み干して、書類はおいたまま、店を出て行きました。

 店の外で、ぐええええええっという、うめき声がしました。


 次の日、宝さんのところに届いたのは、こんな本。

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ショートショート No.199

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第二週「書房 あったらノベルズ」4

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」