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ショートショート カフェ 空想喫茶

 『カフェ 空想喫茶』の店内は少し薄暗い作りでした。最近のカフェには珍しく、開放的な窓がありません。外の光の入らない店内にランプを模した黄色い灯りが点々とともります。大きな肩掛けカバンを背負ったまま、あったらノベルズの店主がカウンター席に座って、たくさんの書類をとり出しながらマスターの黒本さんに話しかけていました。

 「で、今日持ってきたのは、コロナ関連の補助金の変更点で…。」
 「ノベルズさん、僕のファッションについて何かひとことありません?」
 マスターがポーズをとってみせました。
 「……イタリアンマフィアの抗争にでも出るの?」
 「似合わないなら似合わないって言って下さい。」
 「補助金、興味ない?」
 「絶対もらえるわけじゃないんですよね?」
 「うん。でも手伝うよ?」
 「お金とるんでしょ?」
 「うん。仕事だし。」
 「コーヒー飲みます?」
 「お金とられる?」
 「とられます。仕事ですから。」
 「いらない。」
 「ブレンドひとつですね。」
 マスターがカウンターに背を向けて、豆を挽きに行きました。

 ぴょこんと、あったらノベルズの店主の髪の毛に隠れていたジンジャーマンクッキーが顔を出しました。動いて喋る、サンタクロースの魔法のクッキーです。
 「お前、本屋じゃないの?」
 「……本屋だよ。」
 「でも、今。」
 「黒本さん戻ってきた。隠れて。」
 納得いなかそうにジンジャーマンクッキーがまた髪の毛の中に隠れました。コーヒーサーバーを握ったマスターが戻ってきました。

 「僕なりに分析してみたんですけど。」
 「分析?」
 「そう。『SWOT分析』?」
 「……黒本さん。だいぶ勉強したね。」
 「一生懸命ですから。」
 「一緒にやろうって言ったじゃないですか。」
 「待ちきれなくて。」

 背後の棚から白いソーサーとコーヒーカップをカウンターに置いて、こぽこぽと音をたてて、マスターが黒い液体をそそぎます。

 「いい香りですね。」
 「でしょ? はい。」
 
 マスターがいれたてのコーヒーを差し出しました。あったらノベルズの店主が顔を近づけて、コーヒーの香りを嗅ぎました。

 「これで、勝負しようと思います。」
 「勝負?」
 「うちは、味で勝負。」
 「イタリアンマフィアみたいな服着てるのに?」
 「もう二度と着ません。」
 「黒本さん、もともとの品がいいんだから、変にごてごてした服着ない方がいいですよ。」店主が一口コーヒーを飲みました。「美味しいです。」
 「いいでしょ?」
 「いいですね。」
 「コンビニには負けません。」
 「SWOT分析?」
 「そう。S。強み」
 「Tは? 脅威。」
 「小雪さん。」
 声をあげてあったらノベルズの店主が笑いました。
 「小雪さんには誰も勝てないね。」
 「無敵ですよ。」

 笑いながら、店内をゆっくり見回します。
 「『空想喫茶』でしょ? ここ?」
 「そうですけど。僕、本好きだから。」
 「本置いて、読めるようにしたら?」
 「いいですね。来ますかね? お客さん。」
 「わからないけど。好きなことしたら? 今、嬉しそうでしたよ?」
 「そうでした?」
 「前に来た時、ほんとは置きたいって言ってましたよ? いいんじゃないですか? 雰囲気いいし?」
 「そうしようかなあ。」
 「そうして下さい。来るたびにこれ言うのめんどくさいんで。」
 マスターがくすくす笑いました。
 「ごめんなさい。踏ん切りつかなくて。」
 「補助金、興味ないなら帰りますよ。」
 「待って、あれやっていって下さい。本のやつ。」
 「コーヒー代になる?」
 「なりますなります。ええとね、このブレンドの、名前つけるヒントになるような本が欲しいんです!」
 「…俺に考えて欲しいとかじゃないんだ…。」
 ノベルズの店主がカバンから注文票を取り出しました。少し天井を仰いで、考えます。頷いて、さらさらとボールペンでタイトルを書きました。一枚破いて、黒本マスターに差し出します。

 「これで。」
 マスターが注文票を読みました。
 「『空想喫茶』? そのままじゃないですか?」
 「店のヒントが欲しいんでしょ? そんなもんだよ。ごちそうさま。」

 からころと、すんだチャイムの音をたてながら、あったらノベルズの店主が空想喫茶を出て行きます。自転車にまたがりました。髪の毛からまたジンジャーマンクッキーが顔をだしました。

 「お前本屋じゃないだろ?」
 「うーん…。本業はね。」
 「何屋なの?」
 「診断士?」
 「なに?」
 「経営コンサル」
 「KA?」
 「みんなの、愚痴聞き係。」

 自転車を漕ぎ出しました。次のお店に向かいます。

 次の日、空想喫茶に届いたのは、こんな本。

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ショートショート No.157

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第二週「書房 あったらノベルズ」2

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」