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ショートショート(と、朗読) おからさま 【SAND BOX 1099】

ー誰もここにどんな神さまがいるのか知りませんでしたー

 お城の南に、小さな神社がありました。 
 木でできた三方の上に、唐犬の頭がひとつのっていたので、「お唐犬さま」と街の人は呼んでいました。そして、誰もここにどんな神さまがいるのか知りませんでした。
 ある日、豆腐のおからをお供えする人がありました。「お唐犬」を「おから」だと勘違いしたのです。次の日誰かも真似をしました。やがてみんながこの神社を「おからさま」と呼ぶようになりました。

 お城にお殿様がいなくなり、戦争で街が焼かれると、唐犬の頭はいつの間にかなくなっていました。街の人は思いました。「ここはなんで『おからさま』なんだっけ」
 「大きな木の跡があるからだ」偉い先生が言いました。「根だけが残って空っぽだ。『お空の根っこ』で『おからさま』」 
 なるほど、と、みんなが頷きました。今度は忘れないように『お空の根っこさま』と呼ぼう。ところが乱暴な人が言いました。「なんだかんだ呼びにくい。『おからねっこ』でいいじゃないか」

 「おからねこさま」。今ではみんなそう呼びます。そしてやっぱり、ここにどんな神さまがいるのか、知らないままなのです。

イラスト:ねこやろう

SAND BOX 1099 No.037

 声のお仕事をされている(詩や小説も書いておられます)水上洋甫さんにお願いして、朗読をしていただこう、のシリーズ「SAND BOX 1099」です。

 今月は、名古屋のお話を書いています。土地に残った猫の昔ばなしをめぐる連続もののお話です。

  SAND BOXの方も名古屋と猫のお話をお送りしようと思います。ひとつめは、名古屋市中区に残る大直禰子命神社です。

 名古屋市中区の繁華街の中、ビルとビルの間にひっそりと佇んでいます。由来について詳しく書かれていたWeb記事を引用しておきますね。

 冒頭で引用のある「尾張名陽図会」(江戸末期 高力猿猴庵著)が比較的有力な由来のようです。こちらに孫引きさせていただきます。

むかしおからねこといふ所は鏡の御堂の事なり。鏡の御堂とて至つて古く荒れはてし堂あり。その中央には本尊も無くして、小さき三方の上にこまいぬの頭一つを乗せたり。世におこまいぬをおからねこといふ異名をつけたりとぞ。そののち年月を経るにしたがひてその堂も跡無し。こまいぬの頭をも今はいづちへ行きたらんもしらず。しかるにその傍に大なる古榎の大樹ありて、枯れくちはててその根ばかりのこれるをおからねとよび、またはおからねことも言ひたり。

「尾張名陽図会」

 『鏡のお堂』は御神体が鏡ということだろうか……。
 とにかく、「猫とは関係ない」神社だという説です。(「おからいぬ」が「おからねこ」にはならない気がするんだけどなあ)

 この「大直禰子命神社」、名古屋市のHPに、昔話の舞台として紹介されていて、ここでは違う由来の話が出典として使われています。

城南の前津、矢場の辺に、一物の獣あり。大きさ牛馬を束ねたるが如し。背に数株の草木を生ず。嘗ていづれの時代よりか、此所に蟠って寸歩も動かず、一声も吼ず、風雨を避けず、寒暑を恐れず、諸願これに向て祈念するに、甚だいちじるし。然れども人、其名を知らず、形貌自然と猫に似たる故に、俚俗都て御空猫と称す

「作物志」

 ずばり、「猫神社説」
 出典の「作物志」の著者は江戸時代の名古屋の戯作者、石橋庵真酔という人で、この本は普通私たちがイメージするような刷りの本ではなく、手書きで残った書物です。一方、「尾張名陽図会」は木版刷で、名古屋のガイドブックとして(今のように大規模ではないものの)出版されたもの。信憑性は「尾張名陽図会」の方が上なんですけど、ちょっと違うWEB記事も見てみましょうか。

 大直禰子命神社は猫の神社かどうかの考察をしています。自分で写真を撮りに行ったとき、慌てていて探し損ねたのですが、大直禰子命神社の境内には「ここは猫の神社ではない」という趣旨の看板があるそうです。(一番最初に引用したWEB記事に写真が載っています。)

 昔、大学時代に史学の先生がおっしゃっていました。「禁止令」「倹約令」が出ている、ということは、当時の人々がそれをしなかったという意味ではなく、取り締まらなければいけないほどやっちゃっていた、という意味であると。

 つまり、この神社は、由来はともかく、立て札を立てなければならないほど、みんなが猫神社だと思っていた、ということです。うむ。

 確かに、私も実家の近くの神社の正確な由来なんて知らなかったし、みんなが好き勝手に呼ぶ名前で呼んでいたものなあ。

 いろんな単語の中でも「猫」は人の気持ちに引っかかりやすい言葉だったのだと思います。来週紹介するお話でもおんなじような現象が見られます。

 さて、名古屋のお話、ということで、今月のサムネイルは名古屋を中心に活動しているインディーズバンド「Kulu」のメンバーの、ねこやろうさんに描いていただいています。猫好きです。

 一ヶ月、お願いしますみゃあ!