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ショートショート 水の国

 新幹線を乗り継いで、水の国にやってきた。
 駅に着くなりコートを脱ぐ。日差しが強い。
 大きな河の、河縁を歩く。地元で見るより遥かに大きくのびのび育ったシュロの木。日陰がありがたい。下をのぞくと、広い河なのに水が透き通っている。ここに毎朝散歩に来られれたら、どんなにかいいだろうと思う。
 路面電車の駅が見える。スーツケースをがたがたいわせて走りつく。線路の細さに胸が高鳴る。ただ、単純に、のってみたい。

 人の身幅4つほどしかない、黄色い電車がやってきて、おのぼりさんが駆け込む。シュロの木が遠くなる。ホテル、百貨店、商店街、お城。神社が見えて降りる。水の国の、水神さまの小さな神社だ。

 誰もいない神社で「お邪魔します」と礼をして、なんとなく向いの唐揚げ屋でお弁当を買う。だってすごく汚いのだ。普通の看板もない。
 折りたたみ式のボードに「唐揚げ弁当500円」とだけあり、とだけあるだけなのに行列ができている。気になる。なに。なんの秘密が。

 どきどきしながら買いおおせて、神社に戻る。「お邪魔します。」ともう一回挨拶して境内で食べる。普通の味。なぜだ。なにあの行列。謎が深まる。

 解決できない謎を残したまま、神社の近くの公園に行く。目的地に向かう道に、小さな水路が見え始める。ちょろちょろと、水が湧く音が聞こえる。とても綺麗で、気持ちがいい。
 水路を湛えた和風の公園は地元の人で賑わう。みんな軽装で、分厚いコートが恥ずかしい。池がみられるベンチに座ってぼーっとする。不審者だと思う。

 公園を出る。行きと違う道を帰ろうと、変な欲がでる。細道へ。行きたい方向と垂直に、水路が道を阻む。しまった、と思ってももう遅い。曲がる。また水路。地図アプリを起動すると来た道を戻れという指示。嫌です。スマホをポケットにしまう。
 水路の迷路にはまり込んでいると、中学生くらいの男の子が釣糸を水路に落としている。こっそりのぞくと、コイが泳いでいた、けど、なんかおかしい。コイ? なんか、すごく大きい。しかもいっぱいいる。錦鯉よりもはるかに大きい、赤ちゃんくらいの大きさのあるコイ。

 釣り糸をたれているからには釣るんだろう。でも、あれ釣ってこられたら嫌だ。怖くて泣いてしまうかもしれない。食べるんだろうか。すごいな。すごいな水の国。怖くなって水路の迷路を戻る。よくみるとどの水路にもあの大きなコイがいる。たまに餌が欲しそうに口をあける。顔いっぱい。コイに食べられて死ぬのは避けたいと決意する。さっきと違う道に来た気がする。めちゃくちゃに曲がりまくる。

 ようやく見つけた、来た時とは違う駅で路面電車に乗り込む。疲労困憊。窓の外を見ていると、唐揚げ屋の看板がたくさんある。ここの土地の人の好物なんだ。こんなにたくさんあるのに…なんだったんだろう、あの行列。

 お休みがあけて、職場にお菓子を持っていく。
「水の国に行ってきました。」
「どうだった?」
同僚が聞く。唐揚げと、水路と、巨大なコイ。
「楽しかったです。」
全部しまって、微笑んだ。

ショートショート No.174

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