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ショートショート 広辞苑第六版より「からり」

①堅い物がころがって発する軽い音。

広辞苑第六版「からり」

「ありったけの悪口と、不満とを並べ立てると、涙を流しながら君は障子をーと開けた。誤解だと、言う暇もなかった。言うべきことも、なかったのかもしれない。一瞬凄い雨の音がした。玄関が開いたのだ。出ていったのだろう。」

②ある状態が急にまたはすっかり変わるさま。

広辞苑第六版「からり」

「ただ呆然としていた。全てはもう手遅れに思われた。引き止めに立ち上がる体力も、連絡をいれる気力もない。涙が流れた。しとどに泣いた。気が付くと眠っていた。いや、起きていたというべきか。節々が痛む体をなだめながら、つけっぱなしになっていた電気を消す。籠った空気が不快だ。全部自分の息でできているのに。這い寄るようにして窓へ、カーテンを引っ張る。あんなにひどく降っていた雨は-と止んでいた。」

③明るく広々としたさま。

広辞苑第六版「からり」

「顔がひどくむくんでいる。ひとまず風呂に入ることにした。洗い流す。何をだろう。散乱した物を片付ける。部屋を掃除する。いつもより、少し綺麗になるくらい。朝食を取る。講義の時間を確認する。何事もなかったかのようにいつもの習慣を繰り返す。カバンを持って、下宿を出る。空がーと晴れていた。空にあざ笑われてるように思った。」

④湿気や水分が少なく心地よく乾いているさま。

広辞苑第六版「からり」

「講義の最中、手紙を書いた。馬鹿みたいだな、と思った。メールか、電話でもいれた方がよっぽどましだ。それに気持ち悪いかも。レポート用紙に文字を埋めていく。遅れて講義室にやってきた友人が隣に座って、書いてるものをのぞきこんでくる。「やめろ」と小さく言う。顔をのぞきこまれる。「やめろ」もう一度警告する。鼻をつままれる。身をよじる。レポート用紙の上にお菓子の小袋を投げてよこされる。カシューナッツ。友人を睨みながらあける。-とした素焼きのナッツを音がしないようにじりじりとかじる。リスじゃないんだぞ、と思う。」

⑤性格が明るくさっぱりしているさま。

広辞苑第六版「からり」

「「なにそれ気持ち悪い。」講義の後、友人に白状させられて、その挙句酷い感想をもらう。いや、自分でも知っていた。「メールか電話にしておけよ。」それも知ってた。「そんなことより、昼食べに行こう。」いきなり話題を変えられる。「マック、マック食べに行こう。」講義室の席からひっぱりあげられる。「まあ、次行こう、次。」勝手な事をいいながら、からからと笑う。私は、お前みたいにーとした性格じゃないんだよ。だから困っているんだ。校舎から出ると途端に日が差して眩しい。友人にひっぱられながら空を見上げた。もう笑われてはいない気がした。」


ショートショート No.168

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