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ショートショート 泣かない人
「厳しい家庭に育った」と言い訳のように言ったその人は、泣くことができない。「うるさい泣くな。」「男のくせに。」と、泣くたびに怒鳴り声や拳を浴びせられて、身を守るために泣かなくなったのだという。「泣く」という行為がなんだったのか忘れてしまったというか。
例えば、「全米が泣いた」映画を見たとしても、涙が出ることはない。心が動かなかった、かというと、そうでもない気がする。でも、別に泣いたりはしない。涙腺が空っぽなのかもしれない。水分の節約になる。
「泣きそうに困ったときとかはどうなるんですか。」と聞いてみると、笑うんだと言っていた。反抗すれば制裁される。だから、笑うのかな。と自嘲気味に言う。そうだ。このときもちょっと笑っていた。「泣いていると責められるけど、笑っていれば、批難されないからね。」と、空っぽの笑顔で言った。「悲しい時に笑うってことも、人間、あると思いますよ。ないかな?」
昨日、休憩室で、その人が一人で缶コーヒを飲んでいた。声をかけると、穏やかに、そしてやっぱりどこか虚しいような笑顔で挨拶された。「どうかなさったんですか。」と聞くと「さあ。特に……。」とにこにこしている。泣いているのだろうと思った。よくわからないけど、これがこの人の泣き顔なのだ。
「別に笑わなくても、いいでんすよ。」
と言ったら、困ったように笑って、黙ってしまった。
本当に、笑わなくても、いいんです。と心の中で言って微笑みかけた。
ああ本当だ。
あるね。私も笑いながら泣いている。
ショートショート No.181
ノベルバーNo.21「缶詰」 | ノベルバーNo.23「レシピ」
140字版
同僚が泣けないという話を聞いた。子供の頃泣くと酷く怒られたから今涙を流すことはないという。「感動したときは泣かないの?」「泣かない」「泣くほど困ったら?」「そういう時は、笑うよ」「笑う?」「悲しいのに笑うことない?」「無いよ」と言って肩を叩き微笑みかける。ああでも、今がそうかも。
— へいた (@heita4th) November 22, 2021