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ショートショート 王様の雪

 南の国の王様が、怖い顔で言いました。
 「雪が見てみたい。」
 ぎょろり、と家臣たちを見回します。
 「なんでも、雪というのは、白くてふわふわだそうだ。白くてふわふわだぞ。わかったか。」
 「仰せのままに!」
 家臣たちは震えあがりました。

 早速、大臣たちが集まって、雪の手配を始めます。遠く、北の国に連絡をとって、キャラバンを組んで、大きな大きな馬車を用意して。
 馬車の中一杯に、北の国の雪を詰め込みました。それからは、南の国まで大急ぎ。

 南の国の入り口で、キャラバンの隊長が大きな声をあげます。
 「雪だよ! 雪を持ってきたよ!」
 声を聞きつけた王様や大臣が、喜び勇んで入り口の門までやってきました。どきどきしながら馬車の荷台をあけると、ほんの一握りだけ、氷のようなべちゃべちゃしたものが入っていました。
 「どうです! 採れたての北の国の採れたての雪です! 全部溶かさないように苦労したんですぜ!」
 キャラバンの隊長が言いました。ぎろり、と王様が大臣を睨みます。大臣が震え上がって言いました。
 「ご苦労。路銀は後でとらせよう。しかし…これは…ふわふわでは、ない、な。」
 「そりゃそうさ! どうしたって、ここまで来る前に溶けちまうもの! こんな南でふわふわの雪なんて、土台無理な……。」
 大臣が慌ててキャラバンの隊長の口を塞ぎました。王様がまた睨みつけていたからです。慌てて金貨を何枚かやり、キャラバンを解散させました。そして、
 「困った……。」
 と天を仰ぎました。

 南の国の中央広場におふれの看板が立ちました。大きな、よく見える字でこうかいてあります。

 しろくて ふわふわの ゆき もとむ!
 ほうびは おもいのまま!
     だいじん

 よっぽど、困っているんだな、と看板を見た人たちは思いました。
 けれど、白くてふわふわの雪なんて!
 看板を見る人混みを背伸びしながら除いていた青年が、ひゅう、と小さく口笛を吹きました。「褒美は、思いのままかあ。」小さく呟きました。城下町にある小さなお菓子屋さんの見習いでした。

 「雪を持ってきたよ。俺に任せておきなよ。」
 お城の門の入り口に、お菓子の箱を持った青年が現れました。ちょっとばかりおめかしをして、スカーフなんか巻いていました。苦虫を噛み潰したような大臣がやってきて、いかにも軽そうなこの青年に言いました。
 「おふれを見てみて来たのだな。」
 「そうだよ。」
 「覚悟はあるのだろうな。」
 「覚悟? 褒美をもらう?」
 「失敗して首がとぶ覚悟だ。」
 一瞬、青年は冷や汗が出ました。命がけなんて、どこにも書いていなかったじゃないか。けれど、まあ、運試しにはちょうどいい。そう覚悟を決めて、わざとにやりと笑ってこういいました。
 「心配性だなあ、俺に任せておきなって。」

 「雪を、持って来たそうだな。」
 謁見室で王座に座った王様が、肩肘をつきながら言いました。
 お菓子屋の青年は片膝をつきながら、うやうやしくお菓子の箱を献上します。
 「これが、雪でございます。」
 王様が箱をあけると、中には白い砂糖をたっぷりまぶした、小さくて丸いクッキーが入っていました。さくさくのアーモンド生地の、スノーボールクッキー。
 「……これが、雪……?」
 今まで、お菓子なんか食べてこなかった王様が、眉間に皺をよせました。
 「これが、雪でございます。」
 自信満々の青年が答えます。

 いぶかしながら、王様がクッキーをひとつ摘み上げました。摘み上げた途端、細かい砂糖がぽろぽろとこぼれ落ちます。なるほど、白くてふわふわ……。口に放り込みました。ほろほろと口の中でクッキーの生地が崩れます。新鮮なバターのいい香り。溶けるように甘い生地でした。
 「なるほど。」
 王様の怖い顔が崩れていきます。
 「これぞ、雪。」
 もぐもぐしながら、満足そうに頷きました。
 「お代わりを持ってまいれ。なるべく、たくさんな。」

ショートショート No.186

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