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ショートショート 茶は茶なり

 お酒にひどく弱いので、『飲む』贅沢といったらコーヒーかお茶だ。どちらも凝りすぎると身代を痛めるらしい。ほどほどに。コーヒーはほとんど師匠(私の師匠はコーヒー屋さんです。)の店で買う。自家焙煎でいろいろな豆を売っているし、外出自粛などの制限が出た時に喫茶営業ができなくなってしまったので、豆の量り売り一本になってしまった。それで応援に、店が新しく始めた定期便を買っている。師匠がセレクトした豆が毎月送られてくる。毎週テイクアウトでコーヒーとお菓子を買いに行っている癖に、送ってもらっている。店に行くたび、ちょっと恥ずかしい。でも、お店は師匠のお城で楽園だ。こういう個人のお店が残ってくれているだけで、私は楽園の存在を信じることができる。ただ、楽園を見るためだけに、毎週足を運ぶ。

 お茶の方も実は買うお店が決まっている。こっちは旅行先で見つけたお店だ。お金に余裕があるときにだけ中国茶を取り寄せる。師匠のお店もそうだけど、お前、たまには他の店で買えよ、と思われていると思う。

 お茶のお店も師匠の城も個人店なので、ちょっと商品のことを聞くと、延々と話を聞かされる。店をはじめちゃうくらいのオタクだから、すごく長い。今更「もうその話お腹がいっぱいですよう」とも言い出せず、うんうんと聞く。そのおかげで次に聞くときは「わかっているやつ」扱いされる。つまり話が少しディープになってしまう。「いや、そんなことはもう興味ないんですよう」という気持ちを押し込めて、うんうんと聞く。繰り返し。これをお客みんなにやっていたらどうしようと、楽園の行く末が心配になる。

 冬摘みの新茶が出たというので、ちょっと贅沢をして、お茶を買った。ついでに工芸茶も取り寄せた。茶葉の中に花が仕込んであって、お湯を注ぐと出てくるしかけだ。届いて早速ガラスのコーヒーポットを用意する。うむ。コーヒー用だね。ごめんね師匠。何にでも使ってるんだ。ごめんね。香りとかうつるかもしれない。でもちゃんと洗うからね。コーヒーポットに、ころんと小包みたいな工芸茶を落として、お湯を注いで、待つ。ゆっくりと小包が開いて、お湯の色が変わって、中から白いジャスミンの花が立ち上ってきた。甘い、いい香りがする。

 中国茶用の小さな湯呑みにうつして口を近づけると、花の香りが鼻腔をくすぐる。飲み込む。胸に香りが広がって、花が咲いたようになる。コーヒーの、奥に潜む甘みとは違って、お茶はぱっと広がる、膨らむような甘さがある。
 ポットに残ったジャスミンの花を見つめる。お湯を注ぐだけで花が戻るなんて羨ましい。私もお茶だったらよかったのに。二杯目を注いで、ちょっと荒くすする。
 あるいは、魔女だったらよかったのに。こうやって、花の精気をすするのだ。しめしめ……。若干、値のはる精気だけれども。

 あと500年くらい? 生きたらなれるかも。仕方ない。頑張るか。頑張るぞ!

ショートショートNo.167

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140字小説版