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ショートショート 水曜日の夜だった【ショートショート100|No.4「水」|508文字】

 水曜日の夜だった。
 病院に駆けつけたら、父は意外と元気にしていてた。落ち着いたのかと胸をなでおろし、ベッドの傍らに腰を下ろす。父が弱々しい声で言った。
 「母さんは?」
 母は遅れてくる。そう言おうとしたら父が続けた。
 「ねえ、お母さんはどこ? お父さん。」
 僕が父の『お父さん』なのだと朧げに悟った。腹の底が痛んだ。

 気丈な人だと思っていた。体も丈夫だった。だが、肺に水が溜まってからは坂を転げ落ちるようで、腫瘍がみつかり、たちどころに癌になり、手術をしたり放射能をあてたり、そして、それから、ここで横になっている。

「大丈夫。すぐに来るよ。」
 なるべく、柔らかく言った。父がついぞ自分に向けたことのないような優しい声で。軽く肩を叩いた。細い肩だ。父が、かすかに笑ったように見えた。
 「たまには、男だけで水入らずもいいだろう?」
 父の父を僕は知らない。僕が産まれた時には亡くなっていたし、話を聞いたこともなかった。けれど、多分、僕に似た人だったのだろう。父によく似た、僕に。

 スマートフォンが明るく光る。母が来るまでもう少しある。不安そうな父の手を握る。
 父の父の僕と、息子の息子の父と。水入らずの水曜日の夜だった。

ショートショート No.263

NNさんの企画「100のシリーズ」に参加しています。
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