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ショートショート 柱の傷は〜5/5午後5時〜【ショートショート100|No.44「ゴゴゴゴゴ」|555文字】

柱の傷は おととしの
五月五日の 背くらべ
ちまきたべたべ 兄さんが
計ってくれた 背のたけ
昨日くらべりゃ 何のこと
やっと羽織の 紐のたけ

「背くらべ」(1番) 海野厚 大正12年「子供達の歌 第3集」

 兄さんが帰ってきて、嬉しい。去年は、東京に行っていなかったから。
 咳のお医者にかかってたって言ってたけど、やっぱり、まだ咳をよくしてる。

 今日は、子供の日だから、背丈を計ってもらう。昼過ぎまで寝てた兄さんを起こして、縁側まで引っ張る。縁側の、2番目の柱に、僕は毎年背の高さの傷をつけてもらっている。

「背中、ぴったりつけろよ。」
 兄さんが言うので、うなずく。あごを、首のほうに押される。いつも焦って上をみてしまう。その方が、ちょっと背が伸びるような気がするんだよな。

 「動くな。」
 兄さんが、肥後守で柱に傷をつける。柱にぴたってくっつくと、窓の向こうに富士山が見える。夕焼けで、少し桃色だ。

 「日が長くなったよなあ。」
 兄さんが呟く。さっきまで寝てたくせに。もう5時だぞ。いい加減にしろ。

 こんこん、と兄さんが咳き込んだ。
 うそうそ。今の、うそだ。咳、なおるなら、寝てていいよ。

 「できたぞ。」
 兄さんが言う。柱から離れて、傷をみる。
 「大きくなったな。」
 兄さんが笑った。僕よりでっかい。

 ずっと、でっかいといい。

ショートショート No.332

 童謡「背くらべ」の作者 海野厚は、28歳で結核で亡くなりました。歌詞の中の「おととし」は、この歌の『兄さん』である海野が前の年は東京に結核の治療に行っており、帰れなかったため、とする説があります。

NNさんの企画「100のシリーズ」に参加しています。
今回のお題はNo.44「ゴゴゴゴゴ」です。
前回のお題No.28「ひこう」