少年院の入浴事情
法務教官は,少年院や少年鑑別所の保安と教育を担う仕事。
相手にするのは非行少年たち。
昨今の教育は「自主自律」がしきりと叫ばれているが,塀の中では,単純にそれを適用するわけにはいかない。
法務教官の責務は,教育の実施以上にまず…逃走や事故を防ぎ,確実に彼らを収容し続けることにある。規律と秩序の維持が至上命題だ。
つまり
教育と保安の二択を迫られたら,迷うことなく保安を取らなければならない。保安的なリスクの回避,軽減は,基本的に教育より優先される。
入浴もその対象。
24時間塀の中で生活している非行少年たちは,当然,塀の中で風呂に入る。
都合上…
基本的にはどこの施設でも入浴は集団で行っている。その頻度は週2〜3回だ。
入浴に立ち会い,その様子をきちんと見ておくことも,当然,法務教官の大切な仕事になっている。
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入浴は,法律上「週2回以上」と定めれられている。
(入浴の回数等)
第三十条 在院者には、入院後速やかに、及び一週間に二回以上、入浴を行わせる。
2 女子の在院者の入浴の立会いは、女子の職員が行わなければならない。
その規定に意見もあるだろう。
見学に来た人がこの規定を耳にすると大抵「毎日入れてあげないとかわいそう」と口にする。
わからなくもない。
僕など,一人暮らしを始めた22歳の頃から朝風呂が習慣になり…子育てしている今に至っては,娘と夜風呂に入っても,翌朝またシャワーを浴びている。
僕が今,入浴を週2〜3回にしろと言われたら,金を積まれても断る。
しかし…
少年院の実情をある程度知れば,毎日入浴させることが現実的に不可能であること,
また,
却って彼らの不利益にもなりうることを,おわかりいただけると思う。
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誤解のないように少しだけ補足をしておくが…
多くの施設において,余暇時間に濡らしたタオルで身体を拭くことや,急激に汗をかいた後の短時間のシャワー浴などは行われている。
「週2〜3回」というのは,正式な日課としての湯船につかる入浴を指しており,塀の中の生活状況が著しく不潔というわけではない。
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当然,施設によって細かい事情は異なる上…
一部施設では出院が近くなった者を対象に,自己管理による個別入浴を行っている例も耳にしたことはあるが…
少年院の入浴は基本的に1回20分程度だ。
集団で入浴し,法務教官は浴室内でそれを見ている。
文字通り裸の状態を見ていなければならない理由は,当然保安だ。
・物品の不正な持込みや持出し
・少年同士の不適切な関わり
・器物破損や逃走の抑止
・転倒等の事故の抑止
24時間,施設の外に出ることなく生活している彼らは,時にこちらの常識や想像を超えた突飛な行動を取ることがある。
機密情報に触れるためここには書けないが,物品の不正な持出しなどに至っては…
それ持ち出してどうすんだよ…
とこちらが苦笑いするような奇想天外なことも,時々起こるのだ。
だから
浴室といえど,放置はできない。
見ていることが大切だ。
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もちろん
ただ反則抑止のためだけに見ているわけではない。
身体に不審な傷や痣がないかを確認していじめ等の可能性を探ったり…
体型や体格の変化,皮膚炎などの状況を観察し,異状を早期に発見するための健康観察の場でもある。
浴室での振る舞いをよく見ていると,その子のこだわりや行動パターンも見えてくる。座る位置など,寮内での人間関係を把握するヒントも転がっている。
ある面では,少年たちの素を見やすい場でもあるのかもしれない。
僕はわりと…
積極的に声をかけ,冗談を飛ばしたり,雑談したりして,和やかな雰囲気で入浴を過ごしてもらうようにしていた。
貴重な癒やしの時間を,眉間にシワを寄せて見ていても生産性はない。
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週2〜3回…
その根拠を誰かに聞いたことはない。
ただ…
それ以上増やすと,教育活動に割く時間が確保できなくなることは間違いない。
少年院の入浴は,基本的に日中に行われるからだ。
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どこの家でも銭湯でも…
浴室と脱衣所は分かれている。
集団で入浴すれば,その両方に人がいる状況が生まれる。
また
施設によっては寮とは別の場所に浴場があるため,入浴の際には移動も必要になる。
そのような状況で,職員が1人で足りるわけはなく,入浴の際には最低2人の職員が必要だ。
つまり…
職員がきちんと揃っている状態で入浴を行うためには,日中に入浴させる必要があり…
日中に入浴させるということは,教育活動の時間が減るということなのだ。
学校の時間割のうち,5時間目を入浴にしなければならないとしたら…学校では週何日が入浴にあてられるだろうか?
個別に入浴させるとなると…10人が入浴するのに合計何時間が必要だろうか?
ただ健康管理のために塀の中に来ているのではない上,入浴が他の日課に干渉してしまう以上…教育活動とのバランスを考えることは必須だ。
世間の誰も…
ろくに教育をせずただ毎日快適な生活を送らせて世に出すことは,望んでいない。
考え方は様々であろうが…
日中に集団で入浴を行うことが,施設の管理運営上ベターな選択であることはまちがいなく…そうなれば,週2〜3というのも,無理はないと言えないだろうか。
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(余談)
少年院でも少年鑑別所でも,また刑務所でも,定期的に自分のお金で物を買うことができる。
当然,
Amazonのようになんでも選べるわけではないが,歯ブラシや歯磨きなどの衛生用品のほか,下着なども買える。
(もちろん,金がない者もいるため,買わなくても支給はされる)
その中で,割とよく買われているのが保湿系のクリームだ。入浴の後などは,少年たちが保湿クリームを塗っている姿をよく見かける。
僕はよくその様子を茶化していたが,やはり乾燥はするようで,結構大事な健康管理になっている。入浴後の和やかなひとときである。
放デイのスタッフをしながら、わが子の非行に悩む保護者からの相談に応じたり、教員等への研修などを行っています。記事をご覧いただき、誠にありがとうございます。