短編|アクションコメディ|一刻も早く勝ちたい! 原色組の場合-11-
鎖を巻きとる手をとめて、険をひそめた金色の愛らしい瞳がきょとんとロッソを見上げる。
ジネストゥラが口を開こうとしたとき、アズールが駆けてきてふたりを呼んだ。
アズール曰く、もう一方の頭も弱点を攻撃されることを恐れてか、全く頭を下げないのだという。
「こいつ、お前らよりも賢いな」
皮肉ではなく事実を言っただけのつもりなのかもしれない。アズールの顔に特別感情らしいものはなく、言い方は普段と少しも変わらなかった。
「どういう意味だよ」
「ロッソと一緒にしないで!」
「こら、お前もどういう意味だ」
ロッソが足でジネストゥラの細い足を小突くと、ジネストゥラは口をイーっとして威嚇する。そんなふたりを無視して、無造作に刀の柄と鞘を握って頭上を見上げていたアズールがぼそりと言った。
「あれやってみるか」
「あれ?」
「こないだシュミレーターでやったやつ」
アズールは器用に手の中で青光りする鞘を回した。アズールの太刀は柄や鍔(つば)はもちろん、下緒と鞘にいたるまでブルーで統一されている。
「お前、あんなの実戦でできんのかよ」
「うまくいけば頭を叩けるし、早く終われる」
ロッソは不敵な笑みを浮かべる。
「うし。やってみっか」
ロッソは一歩さがり、大斧の刃を後ろにして刃と地面が水平になるように構えた。何をするのかと不思議がるジネストゥラの視線のさきで、おもむろにロッソの大斧の刃の側面にアズールが乗っかる。
「落ちても知らねえからな」
ロッソが少し刃を斜めにすると、アズールは右足をわずかに前にだし、膝を曲げてバランスを取った。
「ぐだぐだ言ってないで、さっさと上げろ」
「──上等だ」
ロッソが風を切る音を鳴らし、大斧を大きく振り上げた。
ぎりぎり乗っていられるとこまで刃に乗ったアズールが、刃を蹴って跳ぶ。
「ウソでしょ?!」
あんぐりと口を開けたジネストゥラの遥か頭上で、右手に太刀、左手にその鞘を構えたアズールが体を横に半回転させながら峰と鞘で大蛇の頭をたたん、と素早く二連打した。
空気が漏れるような音を鳴らし、アンフィスバエナタイプのケーラーが痛みに耐えかねるようにうねうねと体をよじる。
軽やかに着地したアズールはそれを見上げ、唇の端にわずかに笑みを刻む。
「もう一回いく」
「おうよ!」
漫画かよ、と突っ込むジネストゥラの目の前でふたりは同じことをもう一度繰り返した。
ずしん、と地響きを立てて巨大な頭がむなしく地面に横たわる。
「ジネ、思う存分やっちまえ」
「言われなくても!」
ジネストゥラの投げる大鎖鎌の分銅は本日最速を記録した──。
「こちらアズール班、ターゲットを排除した。そちらは?」
瘴気(しょうき)が消えた頃合を見計らって、アズールは音声通信を開く。
「アズール?」
返答はノーチェでなく、千歳の声だった。
「ごめん、急いでこっちに来てもらえる?」
「何かあったのか?」
「いや、それが……とにかく来てほしい」
千歳らしからぬ神妙な声音に歯切れの悪いものいい。
しかも、向こうの班長は当然ノーチェのはずなのに、ノーチェの声はない。アズールとロッソは顔を見合わせ、ジネストゥラも口をへの字にして首を傾げる。
ロッソはヒップバックから端末を取り出してマップを開き、班長組の位置を確認する。それを覗きこんでアズールは答えた。
「すぐに向かう」
***
「──で、お前らはなんでそんなことになってんの?」
息せき切って班長組の現場に到着した原色組の三人が見たのは、ノーチェの膝のうえに頭をのせて横たわるミルティッロと、そばに屈み込んで困り顔の千歳だ。
千歳とノーチェがばつが悪そうに三人の姿を見た。
ミルティッロが負傷したわけではないのは明らかだった。彼の体はきれいなままだったし、もしも負傷したのだとしたら、ノーチェと千歳のふたりがこんなにも緊張感のない顔をしているわけがない。
「まあ、いろいろあったんですけど……その、つまり──」
しどろもどろになる千歳を見て淡く苦笑し、ノーチェが説明する。
「ミルさんの服が汚れて、それをうっかりチトセさんが指摘して──それでミルさんが気絶しちゃったんだ」
そんなコントのような事が現実に起きたあげく、ノーチェはミルティッロが倒れた際に下敷きになって、マイクが不調になったらしい。それで音声通信に応えたのは千歳だったというわけだ。
「あ?」
「……へえ」
ロッソばかりか、アズールの声にも怒気がにじんでいた。
「まあ、ミルティッロがレイピアを使ってくれたおかげでこちらも楽勝だったし、万事解決ですよね」
千歳は袴(はかま)に差した扇子を取り出し、ぽんと左手を打つ。その呑気さにロッソは切れ、アズールは脱力した。
「万事解決じゃねえよ! この、どアホ!」
「そんなに怒らなくってもいいでしょう。援護にはいけなかったけど、そっちは火力、十分だったでしょ?」
千歳は飄々(ひょうひょう)として、開いた扇子でミルティッロをゆるゆると扇ぐ。屈みこんで、ミルティッロの顔を覗きこんでいたジネストゥラが珍しくロッソの肩を持った。
「ロッソが怒るのも無理ないよ。だって、ふたりともすんごい無茶なことやってきたんだから。ノーチェが心配だって言ってさ」
千歳がはたと手を止め、ノーチェはロッソの顔を見上げた。
「無茶なこと? 私の心配……?」
ノーチェが灰色の目をぱちくりさせる。
ジネストゥラがその横顔を見つめて無邪気な顔で訊いた。
「ノーチェ、なんかあったの?」
「どういうこと? ロッソ」
ロッソはバトンタッチと言わんばかりに、アズールを小突いた。アズールはロッソをひとにらみして、小さくため息をつく。
「ノーチェが、あのときのままなんじゃないかって。ずっと、左耳にイヤホンしてるから」
「あのとき? イヤホン??」
ノーチェは確かめるように自分の左耳に装着したインナーイヤホンを触る。そして首を傾げた。何のことか分かっていないようだった。
千歳がぽん、と手を打つ。
「ああ、あれじゃないです? ずいぶん前、ロッソとアズールの実戦経験が浅かったとき、ノーチェがふたりをかばって負傷したことあったでしょう。それで、右耳がしばらく聞こえづらくなって」
ノーチェは記憶の糸を手繰り寄せるように、あらぬ方向を見た。
「あったでしょう。ほら、アンフィスバエナの確か、あれもタイプΧ(キー)じゃなかったかな」
「────そんなこと、あったかな?」
「え?」
「え?」
本来対照的なはずのロッソとアズールのシンクロ率が、百パーセントを越える。
信じられないほどに記憶力がよく、緻密な思考回路を持つノーチェだが、びっくりするほど自分のことは覚えていないことが多かった。
「お前、今でも、右耳が悪いわけじゃないの?」
わなわなと震える指でロッソが指差すと、ノーチェは少しの逡巡もなく頷く。
「じゃあ、なんでいつも左耳にイヤホンするんだ? 左利きなんだから、いろいろと邪魔だろ! 出動前にいっつもランヤードと絡ませてもたついてるし!」
ロッソの糾弾と全員の視線を受けて、ノーチェはおろおろとした。
「なんでって、その……」
「大方、しばらく左にしていたら右にすると逆に違和感を覚えるようになって、出来なくなったってところでしょう? 神経質ですもんね」
的を射た千歳の鋭い推察に、ノーチェは言葉もなくうつむいて耳まで赤く染める。
ノーチェはミルティッロとは違う意味で繊細なのだ、とまるで長年連れ添った妻のように、千歳がなぜか胸を張って付け加えた。
ロッソとアズールは明後日の方向を見て、同時に肺を空にするようなため息をつく。
「それにしてもロッソ、よくそんなこと見てましたね。しかも、アズールも気にしてたんですか?」
意外だなあ、と千歳がにやにやする。
「誤解させるようなことをしてごめん」
ノーチェはふたりの顔を真っ直ぐに見つめ、晴れやかに笑った。
「でも、嬉しいよ。ロッソ、アズール──そんな風に考えてくれていたなんて」
じっとミルティッロの顔を覗きこんでいたジネストゥラが、おもむろにミルティッロの白面を両手で挟みこみ、ぎゅっとつぶす。そして、小悪魔の顔でささやいた。
「ミルティ、この顔すっごくブサイクだよ。いいの?」
ひあっ、と調子の外れた声をあげて、ミルティッロは飛び起きた。
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