長編|恋愛ファンタジー|巡検使は王子殿下-13-
「婆さん! ハル! ちょっと」
白覆面達の遺体の検分をしていたセティが、手招きをしていた。
殿下を呼び捨てにするとはうんぬんと、抜かりなく不服を表明しつつもハルに怪我がないことを確認したメイラは踵を返す。自分のことを敬愛をこめて婆さん、と呼ぶ白い肌をした美しい青年のことを老女はすでに悪くは思っていなかった。
「黄色いひかりの壁」
その背を見送りながらハルがぽつりと呟いた。
リドルフが、空色の瞳をわずかに大きくしてハルの線の細い横顔を見る。
「あ、いや──私も行かなくては」
視線に気が付いたハルは取り繕うように微笑み、メイラの後を追う。リドルフはその後ろ姿をしばし見つめ、何かを確信したかのようにひとつ頷いた。
「どうかしましたか?」
一体の遺体を取り囲むように屈みこんだ三人のあいだには、不穏な空気が流れていた。そのせいで、最後に姿を現したリドルフの問いは、いささか間延びしたもののように聞こえたかもしれない。
セティが困ったようにリドルフの顔を見上げて首を傾げた。どうやら、彼にも事態が呑み込めていないようだ。
背をセティによって斜めに深く切られ、絶命したその遺体はこのあたり特有の袖の短い上衣を身に着けていた。その左肩のあたりに、まるでなにかを隠すように布を重ねて縫われているところがある。それに気づいたセティが短剣で切り開いてみると、あるものが姿を覗かせたのだ。
「これは、どういうものなのですか?」
緑の盾に金の王冠、盾のなかに勇壮な一匹の獅子──。刺繍を見ながら問いかけたリドルフにすぐに答えは返ってこなかった。
「これは──」
ハルの顔はひどく強張り、薄桃色の唇はわなないている。
「これは、王家の紋章です」
メイラが唇を噛み、眉間のしわを濃くする。
「私の従兄である、ラガシュのシノレ公の」
血の臭いをのせた生温かい風が、さわりと頬を撫でハルの短い黒髪をなぶる。月あかりを背に受けた四人の影が不気味に地面に伸びていた。
「と、いうことは──ハルはガイゼスでかなり身分が高いということか」
ひとときの間のあと、一同の視線が一斉にセティに向いた。
「だってそうだろう? 従兄が王族なんだから」
このときのセティはひとりだけ異邦人のようだった。同郷のリドルフがすぐ側にいたにもかかわらず、である。
長い沈黙ののちメイラが呆れたように、というよりは不憫そうにセティを見つめた。それに続いてリドルフがため息をつく。
「え、なんで? 違う?」
港町アイデンの風よりも多分に湿気を含んだ彼らの視線を受けて、さすがのセティもたじろいだ。ばつが悪そうに光を紡いだかのような金色の髪に覆われた頭に手を置き、無造作にかきまわす。
そのとき、ハルが笑い声を漏らした。
メイラの気遣わしげな視線にも気がつかずに、ハルは口を手で覆ってしばし笑い続けた。そして笑いを納めて口をひらく。
「ラガシュのシノレ公の亡き父君は、私の父の兄君にあたります」
その表現は、いささか回りくどいものだ。
「──と、いうことは?」
セティの問いに言いにくそうに視線を泳がせたハルに代わり、メイラが胸をはって答える。
「ハル・アレン殿下はガイゼス王国の第二王子にあらせられる」
絶句したセティが反射のように傍らの男を見上げると、リドルフは淡く苦笑する。
「メイラ様が、ずっと”殿下” とお呼びしていたでしょう」
リドルフの冷静な返答は、セティの驚きに拍車をかけることとなった。
「リドは、知っていた?」
「あるいは、そうでないかと思っていました。ただ、殿下が巡検使と名乗られたので」
ハルはなんとも言えぬ複雑な顔をして、自分は王子とは名ばかりでほとんどこうして国中を視察に周っている巡検使にすぎないのだ、とまるで釈明するように言った。
それを受けてセティが怖々と裁定を乞うように再び見上げるので、リドルフはぽん、と金色の頭に手を置く。
「セティは高貴な御方への口の利きかたを知りません。どうかご無礼を働くことをお許し下さい、王子殿下」
「いいえ、私自身が何よりも王族扱いにはなれておりません。どうぞ一介の巡検使とお思いください」
ハルはそう言って、目線をあげて控えめにセティに向かって微笑んだ。
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文字書きさん向け備考
戦闘描写①
戦闘描写②
場景描写
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