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短編|アクションコメディ|それぞれの正念場 負傷者と治療者の場合-23-

ミルティッロが額ににじむ汗をぬぐってやると、千歳はうっすらと目をあけた。

「痛むか?」
 問われると千歳は少し考えて、よく分からないと答えた。
 ミルティッロは苦笑する。

「分からないのが、一番厄介なんだけれどね」

 端末に視線を落とし、一本目の痛み止めを打ってからの時間を確認したミルティッロは医療キットからもう一本取り出した。
 ラバー手袋をはめたその手が、元の色も分からないくらい赤く染まっているのに気づいた千歳が力なく笑う。

「ごめん、ミルティッロ。汚れる、ね……」

「軽口叩いていないで、少しでも体力を温存しなさい」

 すでに手袋だけでなく、ミルティッロのローブの袖や胸のあたりも色が変わっていた。止血処置の際についたものだった。それだけ、出血がひどかったのだ。
 痛み止めを右肩に突き刺すと、千歳は顔をしかめた。

「年少組、は?」
「問題なくやっているよ」

ミルティッロは視線を外し、空になった痛み止めをしまいながらさらりと答えたが、つきあいの長い千歳はなにかを察したようだ。

「ミルティッロ……ノーチェを、サポートして。ノーチェは、しっかりしているけど、気負いすぎると、判断を間違えることが、あるんだ」

「だから、君を置いていけって?」

「うちにはまだ、弟がいる。だから──」

 千歳が言っているのは、自分は代えが利くという意味だ。
 ミルティッロは哀しげに眉尻を下げる。

「こんなときに性質の悪い冗談はやめなさい。心配することはない、原色組のおかげでノーチェの考えすぎるところも大分落ち着いた」

 安心したのか単に限界だったのか、ひとつ息を吐いて千歳はまた目をつぶった。そのようすは気だるそうだった。

 きつく止血帯で縛っているにも関わらず、厚く重ねたさらしはかなり赤く血が滲んで広がっていた。傷が深く、大きすぎた。

 電子音と呼吸音の変化に気づき、端末の画面を見たミルティッロは小さく息をのむ。脈はさらに速くなり、血圧が下がりはじめていた。
 心臓と脳に血液が戻りやすいよう、高くさせていた千歳の両脚の下に、自分のヒップバックを差し入れてさらに高さを出す。

「最近の娯楽物では、コメディが急にシリアスになるのは嫌われるんだよ? 喜劇担当の君がそんなことでどうするんだ」

 そうだね、と荒い呼吸の合間に答え、千歳は笑ってみせたが、それはあまりにも弱々しかった。顔は色を失いはじめ、冷や汗で黒茶色の髪がぬれていた。

「千歳……頼むから、しっかりして」

 感染予防のための手袋を外し両手で頬をはさめば、ぞっとするほどに冷たかった。もはや、顔は蒼白で唇も完全に色を失っていた。意識が急速に朦朧(もうろう)としはじめてきていて、千歳は寒い、寒いとうわ言のように繰り返した。

 端末が危険域に入ったことを知らせる警告音を響かせていた。

 その音にひきずり出されるように、ミルティッロの脳裏で嫌な記憶の残影がまたたく。

 次の瞬間、ミルティッロはくしゃりと顔をゆがめ、絞り出すような悲痛な声で訴えた。

「あんな思いをまた残る人間にさせるつもりですか! 千歳!」

 千歳はふうとひとつ、大きなため息をつくようにして吐息を漏らした。
 そのとき、ミルティッロの手の中で、冷や汗に塗れた首が力を失ってかくんと折れた。

「千歳────!」


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