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長編|恋愛ファンタジー|彼らについて知っているのは、表面的なことばかり-11-

 昼寝は怠惰である──。

 北の国での常識は、暑い国で生活する人間たちにとっては、とんだ無知と笑わざるをえない。気温が高い日中は木陰や岩陰を見つけて入り、眠ってその暑さをやり過ごす。そして、陽が落ちて灼熱の大地が幾分冷めてから、また陽が高くなるまでのあいだだけ歩くのだ。
 それは無用な体力の消耗をさけるための知恵であり、むろん、国籍も年齢もばらばらな一行もその例外ではなかった。

 ナディール人は暑さに弱いというのが、ガイゼスでは通説である。
 しかし、彼らを見ているかぎり、その認識は改めざるをえないかもしれない。

「やあ、暑いなあ」

 一行でもっとも口数の多い青年は、日に何度もその言葉を口にしたが、それはちっとも嫌そうではなくて、それどころかむしろ愉しんでいるかのようだった。

 見慣れない植物を見つけては、指差してあれは何かとメイラとハルに問い、害のないものに関しては片端から触りに行く。抜けるような青空を仰いでは、口元をほころばせる。

「あまり、太陽ヘウスを見てはいけませんよ。瞳が焼けてしまいますよ」

 一方、口うるさくセティに注意するリドルフの方も、暑さに辟易しているようすは全くない。それどころか、ハルとメイラの二人をなによりも驚かせたのはその、リドルフである。

 彼の治療により、通常では考えられないほどの回復をみせたものの、未だ歩くのには十分でないカイを、リドルフは背負ったまま、平然と一行の最後尾を遅れることなくついてくるのだ。そのうえ、彼が飲む水の量は他の四人の半分以下であった。驚きを隠しきれずにハルが尋ねると、いろいろな修行を積んだので、とリドルフは穏やかな口調で答えたものだ。

 アイデンを発ってから三日が過ぎていた。
 ほとんど互いのことを知らぬまま、利害の一致と成り行きで行動をともにすることとなった五人だったが、それでも三日も寝食を共にしていれば何となくお互いのことが分かってくるものだから、不思議なものだ。

 セティは、神秘的で儚げなその浮世離れした容姿からは想像できないが、自由奔放、明朗闊達という言葉が服を着て歩いているようなものだった。

 雇用主であり、平穏無事に国境を渡らせてくれた恩人であるガイゼスの巡検使、ハル・アレンに向って言った言葉が以下のとおりだ。

「私と一つしか違わない? そんなに、小さいのに?」

 次の瞬間、横合いから放たれたメイラの孤剣を彼は跳躍して身軽にかわした。そして額に青筋を立てて憤慨している巡検使の気の短い従者に向って、事もなげに言った。

「危ないだろう。私じゃなければ、貴重な戦力が一人死んでいた」
 日に何度か、セティとメイラのあいだにはこういうやり取りがある。
 もっともメイラは半分本気で、確かにセティが言うとおり彼が優れた身体能力を持っていなければ、命の一つや二つはとうに落としているはずだ。

 ハルの忠実な従者で、剣技に長けていて、やや短気な老女メイラは、自ら道案内を買って出て先頭を歩いた。正確な年齢は分からないが、恐らくセティやハルよりも四十年以上は齢を重ねているはずで、にも関わらずとにかく元気だった。

 ぴったりと予定どおりの距離を進むように歩みを調節し、休憩の時間は稽古と称してセティと剣を交えたりもする。そして、セティが彼女の主であるハルにぞんざいな口を利くと、先のように鉄拳制裁を行使する。

 この時はセティとハルはひょんなことから年齢の話になり、自分よりもずっと年少だと思っていたハルが、実はセティよりも一歳年少の十六歳であるということを知って、その驚きを率直に口にしたのが原因だった。

「私は生まれつき体があまり強くないのです。いくら鍛えても腕は細く、小剣ですら満足に扱うことができません」
 確かに、セティが驚くのも無理はなかった。
 一般に赤色人種は白色人種に比べて、体格に恵まれている。それなのに、ハルの身の丈は白色人種の中でも決して大きくはないセティよりも頭一つ近く小さく、外套のしたに隠された衣から伸びる腕は、少女のようにか細い。

 実際一行のなかでもっとも体力がないのもハルで、進むにつれて息が上がり、ともすれば遅れがちになるところを、皆に迷惑をかけないように健気に何とかついてくる。

「セティ」
 たしなめるような口調でその名を呼ぶのは、リドルフである。

「あなたは少し無作法なところがあります。ハル殿と、メイラ様に謝罪なさい」

 品行方正、清廉潔白という言葉は間違いなく彼のために存在している。
 遅れがちになるハルを優しい目で見守り、自身もその背にカイという怪我人を背負っているくせに、ハルが限界を迎える直前になるとどうして分かるのか、何も言わず、歩調をゆるめる。ハルがそれに気づいて律儀に詫びると、彼はただ微笑んでそれに応えるのだ。

 そうして迎えた四日目の午後。
 何はともあれ、表面的には平穏に予定どおりの地点まで到達した一行は、太陽が中天にさしかかったのを見計らって、その日も手頃な岩陰を見つけ、仮眠をとることとなった。

 疲労を色濃く見せはじめたハルと、その従者のメイラが先に休む。
 交替の刻限になると、ハルは仲の良い上下のまぶたを無理やり引き離して起き上がり、北国生まれの二人組みに休むように勧めた。

「……… クライン・リドルフ殿は眠らないのですか?」
 外套を敷いたうえに横になったのはセティだけで、リドルフは自分の外套をセティの体にかけ、地べたに半跏趺坐はんかふざのまま座っていた。

「眠りますよ。セティが完全に眠ったら」

 リドルフの背丈に合った大きな外套に包まれたセティが、わずかに身動ぎする。

「この子は、そうでないとしっかり眠れないのです」

 彼らについて知っていることは、どれも表面的なものばかりだ。
 金色の髪を慈しむようになでて、空色の瞳を細めたリドルフの顔を見ていたら、なぜ、と口に出すよりも先に、なんとなく羨ましく思えてしまってハルは黙って頷いてみせた。


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