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長編|恋愛ファンタジー|王位継承権を持たぬ王子-20-

 内外いずれも未だ脆弱な時期に突如支柱を失い、臣下のみならず全国民が慄き、国内は恐慌状態になった。
 独立からまもない戦後の混乱のさなかであったこともあり、未だ壮年と形容するのも早い年齢であった王の後継者の選定は後回しにされており、太子は正式に決まっていなかったのである。

 自身の死を確信したイミシュは病床である日「自分が死んだ後は、息子のシノレではなく弟アンキウスに後を継ぐよう」にと言った。国の将来を憂いた国王は未だ若い王子が即位し、国が分裂、または混乱することを恐れていた。

 その意向に添い、イミシュに代わり王位についたのは弟アンキウスである。
 二代目王アンキウスは即位以来、独立のために疲弊しきった国民を労い、国を豊かにするために、ただひたすら内政に力を注いだ。
 まず全国から有能な人材を発掘し、ひとりひとりと話してじっくりとその資質と人柄と見極め、有望な人材には権限を持たせて仕事をさせた。狙いは権力の分散である。次には赤色人種の手先の器用さを活かし、産業と商業を活性化させ、他国との貿易を盛んに行った。その成果はめまぐるしく、ガイゼスはごく短い期間で信じられないほどの富国に成長した。
 イミシュは英雄王と言われたが、その功績は軍事的なものが大半だった。
 一方、兄王が健在のときから内政面を陰ながら支えてきたアンキウスの政治的手腕は即位以降、遺憾なく発揮されることとなり、アンキウスはいつしか「微笑みの賢王」と呼ばれるようになっていった。

 このような経緯があるのだから、父王アンキウスの病状が良くないことが国にとって大変な懸念であることは、ハルにもよく分かる。しかし、それと兄が自分の命を狙う関連が、まったく分からない。

「近頃、王都では噂が流れているらしいのだ」
 ハルはじっとシノレを見つめた。

「アンキウス王の次は、王太子殿下ではなく、ハル・アレン王子ではないかという」
「そんな……馬鹿な!」
 ハルはあまりの驚愕のため、今度こそ声を上げてしまう。

「私は王位継承権を持たぬ身です。なぜ、そのようなことが──」

 先王が急逝した際には正式な後継者が立てられていなかったこともあり、混乱は大きかった。その教訓を踏まえて、アンキウスは権力を分散化させるとともに、長子フェウス・アレンが十五歳になったとき王太子立式を行い、国内外に向けて跡継ぎを明確にしている。

「ハル殿に王位継承権がないというのは、周知の事実だ」
 王位継承順位はフェウス・アレン王子以下、十位まで正式に定められ公表されているが、そのなかに第二王子であるハル・アレンの名はない。

「でしたら、なぜそのようなことが──」
「しかし、ハル殿が民によく慕われているというのも、また事実だ」

 ハル・アレン王子は、幼少のころから体が弱く病気がちであるというのは皆の知るところだ。また、本人が公言しているとおり、小剣すら満足に扱えない。ガイゼスの男子として最高の褒め言葉である 「勇猛」というのにはかけ離れている。しかし、柔らかな物腰と穏やかな気性が父王アンキウスの素晴らしい性質をよく引き継いでいると評判だった。

 一方、ハルよりも三歳年長の王太子、フェウス・アレン王子は剣と槍の扱いが巧みでありながら、書や詩を読むのも好み、勇将でもあったアンキウスの一面をよく継いでいる、と言われている。ただ、若さ故か少々気性の激しいところがあり、そこが難点だと言う人間もいる。

「今は戦時ではない。より内政に向いた人間が、王として望まれるのは民の心情としては当然とも言える」

「そんな……」
 薄桃色のハルの唇が震える。

「兄上は一軍を率いる将です。それに引き換え、私はただの気ままな風来坊。なんの責任も負っていないからこそ、私は安穏としていられるのです」

 シノレは口許をわずかにほころばせた。こういうところが人に好かれるのだということに、この王子は自分で気づいていないのだ。


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文字書きさん向け備考
戦闘描写
戦闘描写②
場景描写

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