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短編|アクションコメディ|市街地調査 ソフトクリーム食べてもいい?-13-

 白一色のCSF専用車を千歳は慣れた手つきで駐車した。
 軍用車両でありながらCSFの移動車両がOD色や迷彩色でないのは、ケーラー来襲時に彼らの到着を目立つように知らせ、居合わせた人間達の不安と恐怖を和らげるためらしい。もっとも、近頃はもともと人気(ひとけ)がないか、すでに避難が終了した無人の現場に出動することが主で、この車両の特性が生かされることは幸福にもない。

 周囲の建築物に比べてもとりわけ近代的で巨大な建物に入り、受付で用件を告げると、三人はすぐに部屋に案内された。警視庁司法警察局の担当警視とその部下の警部から挨拶を受けて、千歳は機密事項に触れるのでコードネームで失礼すると断りを入れ、口を開く。

「ケーラー対策特殊部隊、副隊長の千歳と申します」

 こっちは隊員のアズールだ、と太刀を佩(は)いた青髪の青年を示すと、若い警部が意外なほどの食いつきをみせた。

「あの、一月ぐらい前に隣接の453区に魔物が出たときに、作戦に参加されていましたよね?」

 問われてアズールは曖昧に返事をする。パターンΣ(シグマ)に最大効果のある攻撃をするばかりか、機動力が高いため主力と援護を両方こなすアズールの出動頻度は六人のなかでも高いほうだ。よほど印象的な現場でないかぎり、都度その戦闘を覚えているわけではなかった。

「僕、あの日ちょうど業務で近くにいて、危ないところを助けていただいたんです」
 あんな恐ろしい魔物をあっという間に斬り捨ててしまって、本当に格好良かった、と興奮気味に警部は続ける。

「しかも、アズールさんはうちの地区からの一般選出の方だと、後で聞きました。本当ですか?」

 アズールが返答に迷うように視線を千歳に送ると、にっこり笑って千歳はこだわりなく答えた。

「そうです。アズールは、一般からの適合者です」

 警部は歓声をあげ、憧れと尊敬に満ちた眼差しでアズールを見る。

「あっ、あの──握手していただいてもいいですか?」

 差し出された手を見ても一向に動こうとしないアズールを、千歳が後ろから笑顔のまま小突く。副隊長の指示を受け、アズールはのろのろとぎこちない仕草で手を出してそれを握った。
 一部始終を見守っていた警視が呆れたように、申し訳ない、と千歳とアズールに頭を下げた。

「それで、こちらは?」
 ふたりの目がようやく金髪金目の愛らしい容貌をした少年に向いた。

「こっちもうちの隊員です。ジネストゥラといいます」

 千歳の紹介を受けて、ジネストゥラは愛想よく笑ってみせた。しかし、警視と警部は眉間にしわを寄せたままその計算しつくされた笑顔を凝視する。
 「隊…員……だ、と?」と、ふたりの心の叫びが聞こえてきそうだった。

 無理もない。太刀を身に着けているアズールと違って、ジネストゥラの大鎖鎌はサイズが大きいばかりか、外見もあまりにもおどろおどろしいので今日は専用のケースに納めて運搬している。武器を持たないジネストゥラがCSFの一員に見えるかというと、一般的な想像力ではノーだ。

 渾身(こんしん)の笑顔を浮かべたジネストゥラの口元がひきつるのを、千歳は見逃さなかった。

「か、彼は──! こう見えて、うちの主力のひとりなんです」

「主力、ですか?」

 ジネストゥラは隊員のなかでも実戦経験が長いベテランなのだ、と千歳が王子様の顔色をうかがいながら早口に付け加えると、警視と警部は何とも間の抜けた声で返答した。

 三人は警部がハンドルを握る警察局の車両に乗り換え、予定どおり直近三件の事件現場に調査に向かう。

 アズールとジネストゥラと揃って後部座席に乗り込むなり、千歳は荷物のなかから簡易瘴気(しょうき)測定器を取り出し、電源を入れた。そして解析チームの指示どおり、いつも持ち歩いている端末とリンクさせてもしも瘴気を感知した場合、速やかにケーラーのパターン解析が開始されるよう準備を整える──はずだったのだが、千歳の端末操作レベルはテキストメッセージすらまともに送れないようなものである。当然のようにその手順が分からなくなっていた。

「あれ? あれれ? どうだったかな……」

 見て見ぬふりをするアズールにじっとりと視線を送れば、アズールはため息をついて千歳の手から端末を奪い取る。青い目でさっと端末を見て、何度かスワイプとタップを繰り返してスムーズに設定を終えると無言で返した。

「それにしても、まさかこんなに早くCSFの方に来ていただけるとは思いませんでした」

 ハンドルを握った若い警部が、バックミラーごしに千歳とアズールのやりとりを物珍しそうに見て口を開く。

「今はたまたま本部に逗留(とうりゅう)していたんです。それに、453区は居住可能区域のなかでも重要なエリアですから、早期の派遣となったのだと思います」

 辺境の地に赴任していたら、一月ぐらいは待たせたかもしれない、と千歳は冗談ぽく笑う。

「本部にはいらっしゃらないことが多いのですか?」

「我々の世代はエリア奪還任務が中心なので、通常であれば本部にはいないことが多いですね。ただ、最近はご存知のとおり、基地周辺でケーラーが頻出しているので……」

 一世紀以上も前となるケーラーの出現以来、人が生活できる場所はごく限られてしまった。CSFの現在の任務は人が住まうことができるエリアを拡大することと、現在人が居住しているエリアの死守だ。なかでも、CSFの本部が据えられているこの周辺は、ケーラー出現以来、人類がはじめて獲得した平穏の地であり、存続し続けるための最重要拠点である。

「先日は、確か331区でしたね。うちの人間が作業関係者の避難誘導に行きましたから、話は聞いています」

 外をながめていたアズールがちらりと警部の姿を見る。先の331区での作戦ではアズールは珍しく班長を務め、ロッソとジネストゥラとともにパターンΧ(キー)の超大型のアンフィスバエナと対した。

「魔物の出現がないまま十二年が経過して、ようやく警戒地区指定が解除されたのに──また、十二年待たなければならないのですね」

 警部は歎息する。人が住まえる土地が限られているということは、それだけ人口密集度は高くなり、人が集まれば集まるほど犯罪も多くなる。真面目な若い警部が憂(うれ)えるのは当然だった。

 千歳はアズールと顔を見合わせ、それからいつになく神妙な声で応えた。

「少しでも人が住むことができる場所を増やせるよう、尽力します」


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