長編|恋愛ファンタジー|利害の一致「契約成立だな」-10-
「どうやって?」
間髪入れずに返された問いに、ハルは苦笑し、メイラは憮然とする。
先刻出会ったばかりの異国の青年にすら、それが現実的にどれほど難しいことなのか分かっている。
言葉を失った主に向けて、メイラは名案を思い付いたとばかりに意気揚々と言った。
「殿下、ラガシュに向かってはいかがですか?」
「ラガシュ?」
「シノレ公ならば、必ずお力を貸して下さることでしょう」
「そうか、従兄上か……」
ハルは逆三角形の華奢なあごに負けないくらい細い指をかけて、また沈黙する。メイラの口から出た人物の名は、ハルにとって頼りになる人であったが、それまでの道のりを考えると慎重にならざるをえない。
歩いて五日──。確かに、王都よりは近い。
けれど、ラガシュに行き着くまでに襲撃がないと、どうして思えるだろうか。国境警備隊から兵を借りたいが、そこまでの権限は巡検使には与えられていない。許可を得るために使者を出さねばならず、その可否をまた大怪我を負ったカイを抱えたままメイラとふたりで待たねばならない。
同じことを考えたのか、名案を進言した張本人も壁をじっとにらんで沈黙していた。
そのとき、ハルとメイラのようすを見比べていたセティが、二人に向けて悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「私たちを、雇わないか?」
唐突な申し出に、ハルはきょとんとして白皙の美青年を見つめた。
「巡検使様が雇った傭兵ならば、国境で審査を受ける必要はないだろう?」
───入国手続きに、いくぶん、手間取りそうでして。
その瞬間、ハルの脳裏に先ほどリドルフが言った言葉が浮かんだ。
「私たちは国境を早く越えたい。あなたたちには向かいたいところがあるが、護衛できる人間がいない。私は多少剣が使えるし、リドルフは怪我人を診ることができる」
どうだろう、というふうにセティは髪と同じ色の眉を器用に片方だけ上げて、右手を差し出した。
ハルはメイラを顧みる。
彼らが正規の入国手続きを踏めない理由は知らない。
しかし、素性の知れぬ、訳ありげな異国の青年達を雇うことに不思議と戸惑いはなかった。それどころか、願ってもいない申し出だと思った。
現実にリドルフはカイを治療し、セティは無関係のはずの自分たちのために剣をふるってくれた。それ以上、何があるというのだろうか。
「ありがたい、お言葉ですな」
メイラの許可にハルは喜んで、セティの手を取った。
剣の柄を握るはずなのにその白い手は思いのほか柔らかく、温かかった。
微笑む淡紫色の瞳は、宝玉のようで息を呑むほどに美しかった。
出会いは唐突で、成り行きまかせで──けれど必然だったのかもしれない。
この瞬間、運命のダイスが予想もしていなかった方向に転がりはじめたことなど、だれも知る由もない。
「契約成立だな」
それからの彼らの行動は実に迅速であった。
死者の弔いをすませて戻ってきたリドルフに、セティは事の次第を伝えた。セティが決めたことには滅多に口を出さないリドルフは、ほんの一瞬思案するような表情を見せたが、「セティがそう決めたのなら」と、それを受け入れた。もっとも、自分達がこの町に留まるのはすでに状況が許さない、ということをリドルフはよく分かっていた。
セティはひとり、根城にしていた宿にいったん荷物を取りに戻り、それから支度を整えたハルとメイラ、そしてその背に軽々と怪我人のカイを背負ったリドルフと街道の入り口で合流した。
夜が明けはじめていた。
明るくなれば、血に汚れた宿の入り口や石畳、そしてばかにていねいに弔われた四人の遺体が明るみになり、この小さな港町は騒々しくなるに違いない。
「出発にはいい朝だな」
一睡もしていないのが信じられないほど、爽やかな面持ちでセティが有明の空を手をかざして見ていた。
「私たちの国では、こんなときこう言うんだ」
「風の神の加護を!」
声の持ち主を想像させる、セティの明朗な声に、ハルの透明感のある声が重なる。
セティは意外そうな顔で繊細な顔立ちの少年を見つめた。
「ガイゼスにも、その慣習は残っています。もっとも──信仰心の篤い人間はほとんどいないですし、法力がある人間もいないんですけれどね」
もとは同じ国、今や別の国の人となった、白い肌の青年と小麦色の肌の少年は、顔を見合わせて曖昧な笑みを交し合った。
今日も暑くなりそうだった。
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文字書きさん向け備考
戦闘描写のあるシーン
場景描写のあるところ
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