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長編|恋愛ファンタジー|命を狙っているのは-18-

 案内された私室は城主の部屋とは思えぬほど、ひどく簡素なものだった。
 卓と長いす、奥には寝台。調度品に客間にあるような豪奢なものは何一つない。それが彼の清廉な人格をよく表しているようだった。

 平服に着替えたシノレはハルに長いすにかけるように勧めた。

「ラガシュにおいでになるのは、いつぶりか?」
「確か、前にお会いしたのは半年ほど前だと思います」
「もうそんなに経ったのか」

 シノレは切れ長の瞳を大きくして、葡萄酒を注いだ杯をハルに手渡した。ハルはそれを受け取りながら答えた。

「ラガシュは豊かで、平和で── 民は皆満足して暮らしております。巡検使が視察に来る必要などないではありませぬか」

 ごく短い世間話を交わしたあと、ハルは改めて事情を説明した。ただし、このラガシュに着く直前にシノレの紋章をつけた人間に襲撃された、という事実は伏せて。
 シノレはただ黙って真剣な顔でハル・アレン王子の話を聞いた。
 ひととおり従弟の話を聞いた彼が口にしたのは、一見関係なさそうな一言であった。

「最近トゥルファの叔父上にはお会いになられたか?」

 唐突な問いを怪訝に思いながらも、ハルは律儀に答えた。

「トゥルファは国境から王都に戻る途中に寄るつもりでした。そのため、久しくお会いしていません」

 ラガシュが軍事拠点であるならば、トゥルファは商業拠点である。
 ガイゼスの一大貿易拠点である大都市トゥルファは、現王アンキウスの実弟、ロガンが治めている。他国との物流を一手に引き受けるその街は、ガイゼスの商業の生命線と言っても過言ではない。港に並ぶ帆船の姿は壮観で、見るものは必ずと言っていいほど圧倒される。

「私は今、トゥルファから戻ってきた」

「従兄上が…… トゥルファ、ですか?」

 ラガシュからはかなり遠い街である。城主であり、軍を束ねる立場にある三将軍の一人であるシノレ自らが行くのは、非常に珍しい。

「公務ではない。叔父上に内々に話したいことがあると呼ばれて、行ったのだ」

「内々に?」

 シノレは葡萄酒をまた一口飲んで、ハルの問いには答えずにやや不自然な話題転換をした。剛毅と形容されるこの英傑には相応しくない歯切れの悪さである。

「ウルグリードに、報は送っておられるのか?」

「多くの部下を失いましたので、いつものようには──。此度の件に関しては非常事態ですので、国境から使者は出しましたが」

「しばらく報は控えたほうがよいかもしれぬ」

 ハルは、弾かれたように顔を上げた。シノレの漆黒の瞳がひどく真摯に向けられていた。

「今、なんとおっしゃったのですか?」
「連絡は控えた方がいいと。そう言ったのです」

「どういう意味でしょうか?」
 巡検使の役目は各地を視察し、その報告を国都に送ることだ。それではまるで仕事にならない。

「端的にお伝えしよう」

 何かを決めたかのように、シノレが手に持っていた杯を置き、一つ息を吸った。

「ハル殿のお命を狙っておいでなのは、王太子殿下だ」


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文字書きさん向け備考
戦闘描写
戦闘描写②
場景描写


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