短編|アクションコメディ|その馬鹿を死なせるな-20-
ミルティッロの魔術が発動し、動きをとめたアンフィスバエナの頭をアズールが真一文字に斬り裂いた。間髪いれずに刃を返し、さらに切り下げる。
ノーチェはその間も銃弾を冷血な蛇の目に撃ち込む。
双頭の大蛇のような形姿(なりかたち)をしたアンフィスバエナのもう一方の頭が、アズールとノーチェをまとめて飲み下してやらんと口を開けて襲いかかる。
ふたりは素早く跳びすさってそれを避けた。
暴れ狂う双頭の大蛇を見据えたまま、空になった弾倉を外して再装填したとき、ノーチェは大音量でひびく不穏な音にはっとした。ヒップバックに納めてある端末が、緊急をしらせる警告音を鳴らせたのだ。
手探りで端末を取り出しながら後退する。画面を盗み見ると、タップひとつで送信できる緊急信号だった。送信元はジネストゥラだ。
銃をホルスターに戻し、後方にいたミルティッロに断りをいれてノーチェはそのまま戦線を離脱した。
ほどなくして戻ってきたノーチェは、すぐに険しい表情でふたりを呼んだ。一太刀あびせたアズールと次の術の発動のために、呪文を詠唱していたミルティッロがノーチェに駆け寄る。
「一旦ひいて向こうと合流する」
訝しむような視線を受け、ノーチェは眉間にしわを寄せた。
「チトセさんが負傷して、ほとんど動けないらしい」
突っ込んできた蛇の頭を、三人が散り散りになって避ける。体勢を立て直したノーチェが叫んだ。
「アズール、先行しろ! 殿(しんがり)は私が務める」
隊長に殿などさせてよいものかと戸惑うような素振りを見せたアズールを、ミルティッロが促した。
二種類のブーツの踵(かかと)が高い音を立てる。
前を走るアズールに、後ろを走るミルティッロがマップを開いてチトセ班の位置を確認しながら誘導する。ノーチェは追ってくるアンフィスバエナの頭にあめあられのように弾丸を浴びせながら、やや遅れてそれを追った。
ミルティッロが選んだ経路は最短距離というよりは、追撃を撒くために市街地を縫うようなものだった。
巨大な商業施設の角を曲がりきったところで、先頭のアズールがロッソの姿を捉えた。千歳に肩を貸し、じりじりと後退しているのをジネストゥラが援護していた。
弱った獲物を仕留めようと執拗(しつよう)な攻撃を繰り返す二体のグリュプスを、ジネストゥラがひとりで必死にいなす。三日月型の刃を横にする格好でくちばしを防いだとき、もう一体のグリュプスが横合いから小柄な体に爪をかけようと襲いかかった。
目を見開いたアズールが跳ぶようにして駆ける。柄を握った右手に力が入り、震えた。
「ինչ - որ կերպ!!」
ミルティッロの口から鋭い言葉が発せられる。
ほんの一瞬だけ速度を緩めた二体のグリュプスに、間合いをつめたアズールが刃を鞘走らせて斬りつける。
一体目は切り裂き、二体目は不快な音を立てて刃を通さなかったが、アズールは歯を食いしばってそのまま柄を振りぬいた。
流れるようにして太刀を鞘(さや)に戻し、ロッソが支えている方とは逆側に回り込んで千歳の体を支えようとした。その瞬間、千歳がうめき声をあげ、アズールの肩を生暖かい液体がぬらす。そればかりか、千歳の右腕は妙にぶらんとしていて、感触がおかしかった。
支えるのをやめ、替わりにアズールはロッソの手から大斧の柄を奪った。
「ロッソ」
ロッソは何も答えず、さっと長身をかがめて千歳を背負う。
まさに阿吽(あうん)の呼吸だった。
アズールはロッソの大斧を持ち、ロッソは千歳を背負って走り出す。
ふたたび二体のグリュプスが迫る。
アンフィスバエナの追撃を完全に撒(ま)いて追いついたノーチェが、二体の魔物に牽制の銃弾を放ち、ジネストゥラの体を前方におしやった。
ノーチェの攻撃が全く利かないΨ(プシー)のグリュプスが突撃してきて、ノーチェの体をかすめる。
「走れ!」
ミルティッロがジネストゥラの体を抱えるようにして走り、ロッソとアズールの後を追った。
「ロッソ、そこのウィンドウが割れた商店に入ってください」
マップを見ながら三体のケーラーの位置を確認していたミルティッロは、少し距離がとれたところですかさず指示を出した。ロッソが移動したあとには、点々と、と形容するには多すぎる量の血液が落ちて地面に不吉な文様を描いていたのだ。