短編|アクションコメディ|市街地防衛戦-18-
ノーチェは黄緑色の玉がはまったハンドガンのグリップを左手に握り、七番隔壁に近づいた。各々の武器を手にした仲間達を一度振り返ると、千歳が代表して頷く。
外部に取り付けられたコンソールを操作して、隔壁を下げる。
情報はなにもない。ケーラーか、逃げ遅れた人々か──何が飛び出してくるか分からなかった。
「静かだな」
予想に反し、飛び出してきたものはなにもなかった。
ノーチェにつづき、五人も内部に足を踏み入れる。この周辺でもケーラーが暴れたらしく、建物は崩れ、割れたガラスが散乱していた。
周囲を見回したノーチェがアズールを呼び、手はずどおり索敵に出ようとしたそのとき。
横転した車両のかげから何かが跳躍した。
その影に向かってノーチェはトリガーを二回引く。それはほとんど反射のようなものだった。
ぎゃうん、と獣のような叫びをあげてケルベロスタイプのケーラーがひるむ。
「Σ(シグマ)かϷ(ショー)だ!」
とっさのことにも関わらず、冷静に弾のとおり具合を見ていたノーチェが声を上げた。
「ジネ! アズール!」
アズールが飛び出し、ジネストゥラが続く。アズールが抜刀するなり斬り付けた。分銅を投げて鋭い爪の生えた足に絡みつかせて拘束し、ジネストゥラが三日月型の刃をふるう。
ノーチェは魔物の狙いの先にへたりこんでいた若い男性を抱え込むようにして立たせ、支えながらシェルターの入り口まで走らせた。半ば腰が抜けたような状態の男性を押し込むようにして避難させる。
ノーチェの背後でアズールとジネストゥラの攻撃を受けたケーラーが叫びを残し、消えるところだった。アズールの攻撃が有効だったということは、どうやらパターンΣ(シグマ)だったようだ。
「予定どおり索敵を行う。アズールは私と同行、他のみんなは待機しつつ周辺で逃げ遅れている住民がいれば、警察局と連携してそのサポートを」
千歳にあとは頼むと言い置いて、ノーチェはアズールと連れ立って索敵に出ていった。
「ミルティッロ、端末を開いてノーチェ班の位置と索敵の進捗状況を追ってください。警察局とコンタクトを取って、避難状況を確認してきます」
一旦車両に戻って警察局と連絡をつけた千歳が戻ると、ジネストゥラとロッソが揃って食い入るようにしてミルティッロが持った端末を覗き込んでいた。
千歳の姿に気づいたミルティッロが涼やかな声で問う。
「住民の避難状況はどうです?」
「大方終了しているようです。九十五パーセントは、シェルターへの避難を確認できたと」
そのわりに千歳の顔はうかないものだった。
「警部さん、えらいね」
ジネストゥラの素直な賛辞に千歳がふっと頬を緩めた。
「ただ──この差し迫った状況では、各シェルターに均等に避難誘導できたわけではなかったようで一部で超過状態のシェルターがあり、かなり空気の消耗が早いようです。住民の安全のために、二時間以内の任務完了を望むと」
「二時間……」
ミルティッロが物憂いげに顎に手をかけた。
「目標は何体いそうですか?」
「先ほどアズールとジネちゃんが始末したものの他に、現状、確認できたのは五体のようです」
ミルティッロの持つ端末の画面では、ケーラーを示す光点がごく狭い範囲で重なるようにして五つ、うごめいている。
「五体を二時間以内。パターンの解析もなされていないので、かなりシビアですね」
眉を下げた千歳が歎息したとき、ジネストゥラが声をあげて画面を指差した。
「ノーチェとアズールが戻ってきてるよ」
マップ上に表示された青と茶の光点が少しずつこちらへと向かって移動していた。いったん、動きをとめる。
その直後、端末にはケーラーを示す光点に「TARGET intΣ T:Amp」と見慣れない表示が出て、ジネストゥラは首を傾げた。
「これ、どういう意味だっけ?」
通常、対敵後に端末に表示されるのはパターンを示すΣ、Ψ、Ϸ、Χのいずれかの文字だけだ。
「Tはタイプ、Ampはアンフィスバエナの略号でintは暫定──つまり、このターゲットはパターンΣ(シグマ)と思われる、アンフィスバエナタイプという意味です」
索敵を終えたノーチェは、現時点で分かったターゲットの情報を端末に登録しているようだった。次々とケーラーを示す光点に情報が増やされいく。
「確認されたターゲットは全部で五体。ケルベロス、アンフィスバエナが一体ずつに、グリュプスが三体。パターンはΣ(シグマ)が二体に、Ψ(プシー)、Ϸ(ショー)、Χ(キー)」
オールスターだな、とロッソが呟いたが、それは憂慮を表すというよりはどこか不敵だった。
索敵と情報登録を終えたらしく、ノーチェとアズールをしめす二色の光点が四人のいる位置へと向かってふたたび移動を開始する。
「さあ、状況が何であれやることは同じ。準備をしましょうか」
千歳はいつもと同じ調子で言って、自らの武器であるグローブをはめた。
戻ってきたノーチェとアズールの表情は険しいものだった。ふたりのジャケットとコートはこの短い時間にすすけたようになっていたし、すでに少し返り血も浴びていた。索敵でさえもいかに厳しい状況であったかうかがえる。
「状況は確認してもらえた?」
言いながら、ノーチェは頬にはねた赤黒い液体を手の甲で乱暴に拭う。
「ケーラーには推定パターン別にペイント弾を撃ってある。青のペイントはΣ(シグマ)、黄はϷ(ショー)、ピンクはΧ(キー)、ペイントなしがΨ(プシー)」
ノーチェは弾倉を外し、銃口を下に向けて一度引き金を引いた。薬室に残っていたペイント弾が排出され、ピンク色の塗料がアスファルトに広がる。
「パターンΣ(シグマ)のケルベロスタイプは始末したかったんだけど、三対のグリュプスに囲まれてしまって、だめだった──住民の避難状況はどうですか?」
先ほど警察局と話した内容を千歳が伝えると、ノーチェは顔を曇らせた。
「二時間以内か。きついけど、何とかするしかないですね」
「班はどうしますか?」
「二班で行く。対パターンΣ(シグマ)の二体で、アズールとミルさんと私。対Ψ(プシー)、Ϸ(ショー)、Χ(キー)でチトセさんとロッソ、ジネ」
五人がそれぞれいつもの言い方で了承の意をしめす。
「ターゲットの数は多いし情報も不足している。そのうえ、制限時間もある。状況はかなり厳しい。だけど、みんなを信じている」
ノーチェは皆の顔を順に見回した。
「十分に気をつけて」
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