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短編|アクションコメディ|索敵中は無駄口をご遠慮ください -1-
鉛色の空。
外壁がはがれ落ち、下の骨組みと建築材があらわになったビル群。
ところどころ赤茶色に変色したねずみ色の建築材は、コンクリートとかいう遠い過去の産物らしい。
生の気配が感じられない元都市のあいだを乾いた風が吹き、一房だけ長い茶色の髪をなびかせる。巻き上げられた砂塵に、ノーチェは思わず灰色の目を細めた。
『ひょ~! 荒れ果てているねぇ』
ヘッドセットのインナーイヤホンから聞こえたのは、場違いなほど軽薄な声だった。
それに別の涼やかな声が続く。
『美しい……』
うっとりとして吐き出された最年長の青年の言葉に、なんともいえない空気が通信に乗って流れる。
たとえ姿が見えなくても、どう返答すべきかそれぞれ考えているのが手に取るように分かるのは、それなりに付き合いが長いからだ。
『ミルティ、やめて。みんな困っているから。僕以外は表情が分かんないだからね』
沈黙を破ったのは、微妙な空気を作った犯人である紫の長髪の青年と行動をともにしている、最年少の少年だ。
あはは、と笑ってとりなすようにおっとりした口調で言ったのは、もうひとりの年長の青年だった。
『それにしても──こう死角が多いとやりにくいですね。今回は三体ですし』
からん、と下駄の鳴る音をマイクが拾う。
『ホント、三体同時って久しぶりだよね。ツーマンセルも久しぶりだし』
『ジネはチビなんだから、ぼさっとして頭から喰われないようにな』
赤髪の青年の相変わらずの緊張感のない声が、チームで一番年少の少年をからかう───が、金髪の少年も負けていない。
『ロッソこそ深追いしすぎて、チトセに迷惑かけないようにね!』
『んだと?!』
『ねえ、アズール? 聞いてる? なんかしゃべってくれないと、死んだかと思うよ』
ノーチェは仲間達の軽口を左耳に装着したインナーイヤホンごしに聞きながら、隣を歩く青髪の青年を見やって、わずかに笑いを漏らした。
「……索敵に集中しろ」
マイクが拾えるのか怪しいほどの低い声で呟いた青年は、無表情に見えて、実は憮然(ぶぜん)としている。彼は普段からあまり感情を顔に表さないが、行動を共にするにつれて、小さな表情の変化がノーチェには分かるようになっていた。
「ノーチェ」
その青髪の青年がヘッドセットのマイクを切って、注意を喚起するように呼ぶ。彼の右手はすでに左腰に佩(は)いた太刀の柄に伸びていた。
ノーチェはアズールの青い目が捉えたものに気がついた。
目当てだった大型の獣のような魔物が、ふたりの視線の先で牙をむき、低いうなりを上げていた。
ノーチェはヒップホルスターに納めてある愛器のグリップに左手を伸ばしながら、右手の指先でマイクを寄せ、口を開いた。
「ノーチェ班、対敵した。ノーチェ、アズール両名はこれより戦闘に入る」
『おうよ』
『了解』
『りょーかい!』
『承知しました』
魔物が発する瘴気(しょうき)は通信を妨害する。
ノイズが走り、それきり音声通信は切れた。
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次の話