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短編|アクションコメディ|彼らの行方 始末書とソフトクリームと命令と-25(最終話)-
「おや、原色組」
ミルティッロが食堂の前を通りかかったとき、無個性なテーブルを前にしてロッソとアズールが並んで座っていた。ロッソは左手でガシガシと赤髪に包まれた頭をかきながら、一方のアズールは淡々とテーブルのうえに置いた端末をタップし続けている。
真向かいでは行儀悪く大きく身を乗り出したジネストゥラが、両手で頬杖をついてふたりの画面を覗き込んでいた。
「あ、ミルティ」
ジネストゥラがにっこり笑ってミルティッロを手招きする。
「何をやっているんです?」
「シマツショ、書いてるんだって」
「始末書? ロッソも?」
「めちゃめちゃな使い方して、ロッソの斧、すっごく傷んじゃったから怒られたんだって」
「ああ──そうでしたね」
先の452区防衛作戦でアズールとミルティッロがノーチェら三人と合流したとき、彼らは新たに出現したパターンΧ(キー)のキマイラタイプのケーラーと対しているところだった。
ライオンと山羊と蛇を掛け合わせたような姿をした魔物の後ろ足に、ジネストゥラが大鎖鎌の鎖を絡みつかせて拘束し、必死に三日月型の刃を振るっていた。
正確に狙いをつけたノーチェが目にも止まらない速さでトリガーを引き、ほぼタイムラグゼロのリロードを繰り返していた。
ロッソはライオンの頭の正面に陣取り、叩き付けるようにして繰り返し大斧を振り下ろしつづけていた。反撃の噛みつきも蹴り上げも全く回避しようとせず、その全てを刃を盾にして防いでいたのだ。
最早、誰の何の攻撃が効いているかも誰も気にしていなかった。一刻も早い討伐のためになりふり構わず攻撃しまくる三人の姿に、ミルティッロとアズールも躍りこみ、一突きと一太刀を浴びせた。その瞬間、断末魔の叫び声をあげてキマイラタイプのケーラーは姿を消したのだった。
「ねえ、ミルティ。あれやって」
ジネストゥラがローブの袖を引っ張り、得意の上目遣いで見上げる。
「またですか?」
「僕が食べたいんじゃないよ、アズールとロッソにあげるんだもん」
念願叶って、基地にはソフトクリームのマシーンが設置されていた。ただ、ジネストゥラは自分でうまく巻くことができず、いつも誰かに頼んでいる。
「だって、ノーチェが考えごとしているときは甘いもの食べたくなるんだって、言ってたし」
言い訳がましく人のせいにするジネストゥラに、ロッソが無情な宣告を下す。
「俺はいらねえよ」
「……」
アズールはいらない、とは言わなかった。
それは恐らくジネストゥラへの気遣いではない。
ミルティッロが強度と美しさを併せ持つ、完璧な六段巻きのソフトクリームをふたつ作ってやると、ジネストゥラは歓声をあげた。
「やっぱりミルティが一番だね」
「それは光栄です」
「次はノーチェ、最悪なのはロッソ」
聞きもしないのに、二位と最下位を発表することをジネストゥラは怠らない。
両手にソフトクリームを持って小走りに駆けると、アズールにひとつ手渡して並んで座って食べはじめた。ミルティッロは当然のように冷蔵庫から炭酸を取り出して、ロッソの前に置く。
「あ! みんな揃ってるね。ちょうど良かった」
食堂の入り口から顔を覗かせたのはノーチェだ。
そして、それに当然のように続いて姿を現した人物に向かって、ロッソがにやりと笑いかける。
「よう、死にかけ。もう動けるようになったのかよ」
「いや~うっかり死ぬところでした」
着流し姿の千歳は、あはは、と相変わらず呑気に笑ってみせる。
「腕、どうなったんだ?」
こわごわとロッソが千歳の右腕を見ると、千歳は着物の袖をめくって、にゅっと腕を出した。包帯が巻かれているものの、あれほどの傷を負ったのが信じられないくらいにしっかりとしていた。
「再生医療ですって。最先端の治療はすごいですよねぇ」
「お前が言うと、妙に説得力あるな」
端末もまともに使えないもんな、と呟くアズールにノーチェがうしろから端末を覗き、申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、アズール。始末書、私だけで済むように上にかけあったんだけど──だめだった」
そういうノーチェはとんでもない量の始末書をかきあげて、すでに提出したあとだ。
それを見て、千歳は真面目な顔を作った。
「命拾いできたのは、みんなのおかげです。本当に感謝しています」
搬送した医療チームによると、実際、千歳の生還はかなり際どいところだったようだ。単身でアンフィスバエナを引き付けるという荒業をやってのけたアズールはもちろん、ノーチェら三人があとほんの少しでもグリュプスを始末するのが遅れていたら、ミルティッロが的確な処置をしていなかったら──なにかがひとつ違えば、今、この世には千歳はいない、ということだった。
「ありがとう」
ロッソがかきむしりすぎてすでにボサボサになっている頭に手をやり、アズールは視線を外す。ジネストゥラは急に熱心にソフトクリームを舐めはじめた。
ノーチェはそれを笑って眺めた。
「そんなことより、早く完全回復してくれないと困ります。給仕係の千歳がいないから、私が使われているんです」
こんなことをしていては、手が荒れる! とミルティッロは顔の前に両手をかざし、盛大に歎息してみせた。
原色組の三人が死んだ魚の目でそれを見る。
ノーチェはそっとミルティッロの手をとって、テーブルのうえに戻してやった。
「そうそう、一時間四十分という短時間で、アンフィスバエナを含む六体ものケーラーを討伐するという偉業を成し遂げた皆に良い知らせがあるんだ」
褒美か! と色めきだつ一同に、ノーチェが嬉々として持っていた端末の画面を見せた。
「G-21区駐屯地へ移動命令?」
ミルティッロが指でアンダーリムの眼鏡を押し上げ、ジネストゥラが首を傾げる。
「……良い知らせ?」
アズールの呟きのような問いは相変わらず低音だ。
「だいたい、G-21区って、どこだよ」
ロッソの言葉を受けて、ノーチェが素早く画面をタップしてマップを開く。
「ここ」
「すっげえ僻地!!」
表示されていたのは、誰も見たこともないような場所だ。
「左遷、か?」
彼ら六人に左遷などということは有り得ないのに、アズールがそう漏らすのも無理がなかった。
「先日の452区の大規模襲撃以来、本部周辺にケーラーの気配は消えたんだ。だから、ふたたび居住地拡大に向けて遠征するということみたい」
112隊は居住区域拡大という点では、まだ功をあげていないからがんばろう、とノーチェは鼻息も荒く勇む。
「それにしても、本当に遠いですね。好みの本が手に入るか心配です」
ミルティッロの懸念を聞いたジネストゥラが、はっとして声を上げた。
「僕のソフトクリームの機械はー!? せっかく買ってもらったのにー!!」
「持っていけるわけねえだろ」
非情な突っ込みにジネストゥラがきっとにらむ。
「ロッソが背負って運んでくれればいいよ」
「バカ言うな! むしろ、お前なら自分で運べるだろ!」
ロッソとジネストゥラの間で千歳がへらりと苦笑を浮かべた。
「まあまあ、きっと僻地ならではの楽しみ方がありますよ」
未知の魔物─── Cheeraa(ケーラー)。
一世紀以上前に突如出現し、人類を未曾有の危機に追い込んだ。
ケーラーに近代兵器の類は効かず、致命傷を与え、その存在を消すことができるのはカラーストーンがはまった武器だけだ。そして、ストーンは使う人間を選ぶ。
現状、唯一のケーラへの抵抗力である第112ケーラー対策特殊部隊───通称「112th CSF」
彼ら六人の任務の日々はこれからもつづく。
(了)
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1話目に戻る
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続きがありそうに終わっていますが、この先は書いていません。
某コンペで落ちたからね!
10年前にな。
コンペ専用に書いたから続編作れるようにしたのに、機会は得られなかったという滑稽さと切なさと悲しみよ……
最後まで読んでくれてありがとう!
元もと6人のイケメンと武器の立ち絵のイラストがあって、それに設定とストーリー付けるタイプのコンペだったので、絵を見ていないとかなり分かりにくいところがあったはず(冒頭とか冒頭とか冒頭とか)
ジネストゥラ=大鎖鎌
はまだギリ分かるんだけど、
千歳=クローグローブ(爪の生えた手袋)
に困惑したのは良い思い出。
ちなみに当時の作中一番人気はぶっちぎりでアズールでした。意外!!