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短編|アクションコメディ|市街地調査 ソフトクリーム食べてもいい?-12-

 一直線にのびた舗装された道を、真っ白に塗装された一台の軍用車両が走る。
 高い青空は、緯度が高いせいかやや淡い。髪と瞳だけでなくその武器さえも、すべて青で統一された青年のコードネームほどの色味ではなかった。

「市街地に出るのは久しぶりですね」

 ハンドルを握る千歳はバックミラーごしに、その青年に話しかけた。彼のコードネームは「紺碧(こんぺき)」を意味する。
 青年はCSF専用四輪駆動車のドアトリムにもたれたまま一瞥(いちべつ)して、低い声でそっけなく同意をしめしただけだった。

「こういう任務自体めずらしいのに、しかもアズールと一緒なんて──」
「そうだね」

 答えたのは青髪の青年ではない。鼻にかかったような甘い声の持ち主は、熱心に変わり映えのない外の景色を眺めていた。

「で、なんでこいつもいるんだ?」

 アズールは後部座席に垂れた、長いうさ耳フードを指差して聞いた。
 任務は千歳とふたりと聞いていたはずなのに、集合場所にはもうひとりいたのだ。

「えーっと、それはですね……」

 さかのぼること小一時間前。
 数日前からノーチェに伝えられていたとおり、千歳とアズールはある案件について、警視庁司法警察局からの要請で市街地へ調査へ出ることになっていた。
 集合のために千歳が部屋を出ると、金髪のうるわしい悪魔がそれを呼び止めた。

「チトセ、どこに行くの?」

 ジネストゥラは千歳のいでたちが、通常の出動時のものとは違うことに目ざとく気がついたのだ。

「市街地に任務ですよ。外部組織──いつもと違うところから、要請があったんです」

 CSFはその任務の性質上、多くの機密を保持しているが、隊員同士では何でもありだ。緊密な連携やサポートを必要とすることが多いため、むしろ、可能なかぎり情報は共有する。任務内容についても例外ではなく、個人が所有する端末には、リアルタイムで誰がどこでどういう内容の任務についているか示されている。

 そのため、千歳はこれから自分が当たる任務の内容をジネストゥラにも気安く話した。

「ノーチェと一緒に行くの?」

 先の超大型のアンフィスバエナの件で、ノーチェは解析チームとミーティングがあるからアズールと行くのだ、と千歳が答えるとジネストゥラの目が光る。

「それなら僕も行きたい」
「いやいや、困ります」

「だって、アズールでもいいなら僕でもいいよね?」

「そういう意味じゃなくて、逆にジネちゃんが基地にいてくれないと、ケーラーの来襲があったときに困るんですって」

 ジネストゥラはパターンϷ(ショー)に最大効果のある攻撃をするばかりか、Σ(シグマ)とΨ(プシー)にも若干攻撃がとおり、なおかつ攻撃力が高い。六人のなかでは貴重な戦力だった。アズールの代役は攻撃力は劣るものの、本人さえその気になってくれれば、ミルティッロがこなすこともできる。

 そんな説明をしてもジネストゥラが納得するはずもなく、不毛な押し問答をしていると、折りしもロッソと連れ立ってミーティングに向かうノーチェが通りかかった。

「え? ジネも行きたいって?」

 ノーチェならばうまく説き伏せてくれるだろう、と千歳が事情を話すと案の定、隊長は困った顔をして、かがみこんでジネストゥラに視線を合わせた。

「ジネはここにいてくれないと、困るんだよ」

 ジネストゥラの代わりは誰も務められないのだから、とノーチェが諭すように言うと、自分の見せ方を心得ている小悪魔は大きな目に涙をためて、上目遣いでこう言い返した。

 自分だって、それを分かっているから十分努力もしているし、忍耐もしている。でも、物心ついたときから任務に明け暮れ、心休まる日など一日たりともない。任務のついでに、少し市街地に出て違う空気を吸うくらい許されてもいいのではないか──と。

「おい、ノーチェ。騙されるなよ」

 ロッソの声はこのときすでにノーチェには届いていなかった。隊員の福利厚生ばかりか精神衛生にまで細心の注意を払う、考えすぎるきらいがある隊長は、未だあどけなささえ残す最年少の隊員に完全に籠絡(ろうらく)されていた。

「そうだね、ジネ。ごめん、私の気が回らなくて」

 それで少しでも気が紛れるのなら、行っておいで。と、班編制においてすべての裁量権を持つ隊長から堂々と許可を受け、ジネストゥラは大げさに歓喜の声をあげてノーチェの首根っこに抱きついた。
 ノーチェはジネストゥラをしっかり抱きしめて、金色の猫っ毛をやさしくなでる。それを見て千歳は顔を覆い、ロッソはぼやいた。

「あーあ。お前らがさんざん甘やかして育てたから、こんなんになっちまって。この先、どうすんだよ」

 ノーチェにしっかり抱きついたまま、ジネストゥラの蹴りがロッソに飛んだのだった……。

 ジネストゥラ同行の経緯を聞いたアズールが率直な感想をもらす。

「あいかわらず、ノーチェもジネが絡むと急に阿呆になるな」

 内心では全力で同意を示したいところだったが、副隊長という立場からそれをできない千歳は、あいまいな笑いでごまかした。

「そういえば、任務の内容ってどういうのなの?」
「A-452地区を中心に不可思議な事件が起こっていて、その調査です」

 事の発端は一月前だった。
 当該地区で、あるひとりの若い男性の無惨な遺体が発見された。その手口が残忍ではあるものの、殺人事件であることに変わりはなく、警察局の手によって通常の手順を踏んで捜査が行われた。しかし、犯人に関わる手がかりが全くつかめないまま、ひとり、またひとりと犠牲者は増えていく。犠牲者が全員若い男性であるということ以外に共通項目はなく、捜査は行き詰るばかり。そうこうしているうちに、犠牲者はひとつきで十二人を越えるほどにまでなった。

「それって、僕達の出る幕なの? 結局、殺人事件なんでしょ?」
 ジネストゥラの疑問は当然だった。

「うーん、通常であれば出る幕ではないですね。ただ、今回は──」

 警察局が捜査を進めるうちに、ある疑念がわいた。これは本当に人の手によるものなのか──と。いくら調べても犯人の影はおろか、凶器さえも特定できない。何よりも、そう思わせるほどの残忍かつ異常な手口だった。

「確かに、グリュプスにつつかれたみたいだな」

 千歳の話を聞きながら、端末で資料を確認していたアズールが呟いた。画面にはその異常性を証明するように、無惨な姿となり果てた犠牲者の写真が映し出されていた。
 並んで後部座席に座っていたジネストゥラが画面をのぞきこもうとしたので、アズールはぱっと端末の画面を消した。

「子どもが見ていいようなもんじゃない」
「今さら、僕にそういうこと言う?」

 散々ケーラーを退治してきたのに、とジネストゥラが言うと、アズールはけんもほろろに答える。

「ケーラーと人間は別だ」

 頬を膨らませ、自分のヒップバックから端末を取り出して画像を確認しようとするジネストゥラの手から、アズールは素早くそれを奪った。
 その様子をバックミラーごしに見て、千歳はくすくすと笑う。

「大丈夫、ジネちゃんのには画像は添付されていませんよ。ジネちゃんの端末は、ノーチェフィルターがかかっていますからね」
「え、そうなの?!」

 ジネストゥラの端末だけは、ノーチェの指示で情報処理チームより送られる情報が選別されて登録されているらしい。ジネストゥラと同様に、初めてそれを知ったアズールはため息をついた。

「本当にジネに過保護だな」
「アズールもね」

 さらりと付け加え、千歳はハンドルをゆるやかに右に切る。

「警察局からうちに要請があって、解析チームが調べたところ、事件があった日の現場近くで瘴気(しょうき)が発生した形跡が確認ができたそうです」
「瘴気……」
「ついでに警察局の方では、通信障害も確認しています」

 ケーラーの発する瘴気(しょうき)と呼ばれている謎の物質は、通信を阻害する。

「つまり、この事件はケーラーが関わっている可能性が高い。それで我々が直接出張ることになったというわけです」


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