長編|恋愛ファンタジー|思い込みは簡単には破れない-2-
「ずいぶん不細工な顔だな、リド」
セティは目の前の青年に茶化すように言った。
面と向かって不細工と言われた青年──リドルフ・クライン・アナリは、全く気にしたようすもなく、先ほどからそうしているように黙したまま、機械的な動作で料理を口に運んだ。
「この顔は生まれつきです」
いつもと変わらぬ、涼やかなテノールで返された言葉にセティは苦笑した。こういう言い方をするときのリドルフはいけない。長いつきあいの中で、それは嫌というほどに学んでいる。
「いいかげんに機嫌を直しておくれよ」
セティも大皿に盛られた野菜の香草煮に手を伸ばした。木製の円卓に並べられた料理の大半は、菜食主義のリドルフのためにセティが注文した野菜や香草のみを使用したものである。
「機嫌が悪いのではありません。ただ、あなたの浅はかな振る舞いを憂いているのです」
セティは杯に並々と注がれた酒に口を付けた。
変った香りのする酒は、舌先が痺れるほど強烈だった。
「協力してくれたのはリドだぞ」
「自身の浅慮も十分に悔いています」
彼らしい、堅苦しいものいいにセティは思わず笑みをこぼす。
天然の繊維の色をそのまま使った飾り気のない麻の長衣に、剃髪した頭。リドルフは、酒は一滴も飲まず菜食を守り、朝、夕の祈りも欠かさない。神殿を出ても一向に俗気に染まる気配はないのだ。
「とにかく」
リドルフは手と口を布で拭って、ようやくその切れ長の空色の瞳をまっすぐにセティに向けた。
「あなたはなにもせずとも、十分に人目を惹くのです。もう少しそれを自覚していただけませんか?」
円卓に肘をつき、片眉をひょいと上げて笑ったその仕草にどれほどの視線が集中しているのか、本当に分かっているのかと、リドルフには疑わしく思える。
セティは、美しすぎるのだ。
無造作に流した肩甲骨をおおうほどの長さの金色の髪は絹糸のように艶やかで、鼻梁はとおり、やや厚めの唇はきれいな薄紅色。どれほど高名な彫刻家であろうとも造り上げられぬだろう絶妙なバランスで組み立てられた面は、黙っていればまるで作りもののようで、気圧されるほどの硬質の美しさだ。
だが──
「自覚するよう、努めているよ」
その完璧な顔には、喜怒哀楽が人目をはばかることもなくはっきりと浮かぶ。
「飽くぐらいにな」
セティは遠くを見て、うんざりしたように呟いた。
その美貌に、さらなる魅力と妖しい美しさを与えるのはその瞳だ。
セティは淡紫色にほんの一滴銀色を落としたような、稀有な瞳の色の持ち主であった。
その幻想的な色の瞳は、陽光と月光の下では色が変わり、角度によって全く違う輝きを放つ。
「そう神経質になることもない。ここは、国境の狭間の町だ。誰もあれの意味など知らない」
セティはちょっと声を落とし、続ける。
「誰も、私とリドが、あの二人組みだとは思わない」
リドルフが後ろの席に座る三人組みの若い男をちょっと見遣って、セティに視線を戻した。
北方の大国ナディールと、今や南方の大国となったガイゼスの国境の狭間に位置するこの小さな港町、アイデンでは今、ある話題で持ちきりなのだ。この酒場でも客たちの話題といえばそればかりだ。
「あなたのような瞳を持つ人間は、そうはいません」
「思い込みは、そう簡単には破れないよ」
町の人々が探しているのは二刻ほど前、どこからともなく現れて消えていった、舞を披露したこの世のものとは思えぬほど美しい女だ。
「だといいのですが」
椅子のうえに片膝をたてて、酒をあおるこの青年と、先刻広場で人々を魅了した舞姫をつなげるのは、確かに難しい。
口を開きかけたリドルフを制して、セティは言った。
「もうしないよ」
セティにはさほど重大なこととは思えなかった。けれど、これ以上リドルフのお小言を聞くのは億劫だった。
「ただ、ちょっと、退屈だっただけさ」
セティを見つめるリドルフの眼は、悪戯好きの我が子を見守る母親のようだった。
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