長編|恋愛ファンタジー|無用な殺生は好まない-8-
部屋を出て階段を降りたところでセティはメイラと別れた。
左腰に佩いた剣の柄尻に左手を置き、これから起こす戦闘を頭のなかで組み立てながら廊下を進む。長い金髪が歩みに合わせ、揺れていた。
静けさに沈む入口広間までくると、足音をさらに潜めて滑るように扉まで近づいた。
柄尻に月長石がはめ込まれた柄に、今度は右手をかけた姿勢でかまえる。
息をひそめ、耳を澄まし、襲撃者との距離を測る。
目を閉じてさらに神経を研ぎ澄ませる。
四歩、三歩、二、一……。
扉の取っ手に先頭の男の手が触れるか否かというところで、セティは内側から思い切り蹴った。
勢いよく急に開いた扉に体を叩かれ、敵は体勢を崩す。頭巾に包まれた顔からわずかにのぞく目を大きく見開いた。次の瞬間、光が走る。
先頭の男はどうと音を立てて、仰向けに倒れた。
「さあ、次はだれだ」
セティは淡雪のごとく白い頬に、紅い返り血を受けて不敵に笑ってみせる。
そして、間髪いれずに今度は長剣をかまえたまま呆気に取られている男の右腕を切り上げた。血が吹きあがり、苦痛と憤怒に顔を歪め、男は地を転げた。
人数で囲み制圧するという、圧倒的優位が覆された驚きと動揺。
そしてそれを壊した人物の衝撃──。
襲撃者たちがようやくできたのは、泣き言を吐くことだった。
「不意打ちとは、卑怯ではないか!」
この世のものとは思えぬほど美しいその顔に、先刻のものとは異なる類いの微笑を浮かべて、セティは浴びせられた罵倒に応えた。
「知らなかったな。子どもと怪我人の一行を人数で囲むのは、卑怯とは言わないのか?」
これは戦の一騎打ちではない。
名乗りを上げる必要などないし、それどころか、倍以上の人数を相手にするのだから、先手を打ち、敵の気勢を削ぐのはセティには当然であった。
「小賢しいことを!」
上段から振り下げられた長剣の強烈な一撃を、逆らうでもなく、受け止めるでもなく、いなす。
そして、相手の白刃から逃れるように刃と手首を翻す。一連の動作そのものは特別なことはなにもないが、一切の無駄がなく流れるように速い。
男の首筋に光が走ったのとほとんど同時に、紅い液体が吹き上がり、白い覆面を染める。
セティの舞は、先刻町の人々をそうさせたように、まさに見惚れるほどに優美であった。しかし、それがただの舞ではなく、襲撃者たちを一振りごとに死後の世界へと誘う魔の剣舞であることは疑う余地もない。
彼が金色の髪をなびかせるたび、覆面の襲撃者たちは血飛沫を小さな港町の夜に撒き散らす。
ほんのわずかな時のあいだに、残る一人以外を戦闘不能に追い込んだセティは、渾身の力をこめて打ち込まれてきた刃をひらりとかわし、その男の鼻先に切っ先を突きつけた。
「仲間を連れてもう引け。私は無用な殺生は好まない」
セティの言うことはまんざら嘘ではなかった。絶命しているのは、最初に斬り付けられた男だけで、それ以外は重傷で済んでいる。もっとも、早く処置をしなければ命に関わるものは多いだろうし、処置をしてももう二度と剣の柄は握れないものもいるだろうが。
白い覆面の男は、セティの言うとおりにした。
どう考えてもすでに勝算はない。一人で六人を相手どりながら、このいかにも優しげな美青年には五人の命を奪わぬ余力すらあったのだ。
動ける仲間たちを引きずって、男が去るのを見届けたのち、セティは宿の外を周って裏口に向かう。大きな人影が四つ転がっており、あの老女と思しきものはその中にはない。
ひとつ安堵の息を吐き、宿のなかへと戻る。リドルフが待つ二階へあがる階段で、セティは全身を返り血に染めたメイラと鉢合わせた。
元気すぎる老女は息も上がっておらず、悪態をついた。
「小童に正面など譲ってやるんじゃなかったわ。役不足だ」
セティは声を上げて笑った。
「腕前を拝見できなくて、残念だったよ」