長編|恋愛ファンタジー|太刀筋が違う-14-
「見当違いの問題が解決されたところで、殿下。これはいかがいたしますか?」
メイラの言葉にハルはいずまいを正す。思案する、というよりその顔は途方に暮れているようだった。
「襲撃者がこの紋章をつけている──。それは、事実をこのまま捉えるとするのならば、ハル殿を狙っているのはこれから我々が向おうとしている、ラガシュの領主その御方だということですか?」
リドルフの言葉はあくまでも慎重だ。
「そういうことになります」
「紋章が偽物である可能性はありますか?」
ハルとメイラが力なく首を横に振る。国では個人や組織を特定する紋章の管理は国家機関で行われており、特に王家の紋章に関しては非常に取り扱いが厳しいのだという。
「違うと思うな」
一同の視線は再び、セティに集まった。
「太刀筋がばらばらだったんだ。それに、技量にも差がありすぎる」
セティの発言は先刻とは異なり、鋭すぎるぐらいのものだった。そのため彼の言う意味を即座に理解したのは同じく剣をつかい、襲撃者と刃を交えたメイラだけだった。
メイラは弾かれたようにセティのあくなく整った白い顔を見て、次に主の顔を見た。
「殿下、小童の言うとおりでございます。今回の襲撃はシノレ公の兵によるものではありません」
ハルとリドルフがじっと老女の顔を見つめた。
「我が国ガイゼスは殿下もご存知のとおり、武力で栄えた国です。そのため、正規軍はよく修練を積んだ者ばかりです」
「つまり?」
「麾下の兵は同じ師のもとで、剣を学びます。そうすると、もちろん太刀筋は似たようなものになります」
剣に疎い二人も、ようやくその意味を理解した。
「私が相手をしたのは三人。一人目と二人目は、それなりには使えるようだったが、構え方が全く違った。そして、三人目はあまりにも技量が劣っていた」
セティはあのとき感じた違和感を忘れてはいなかった。正直すぎるくらいに真っ直ぐに打ち込まれてきた剣は、手応えがなさすぎたのである。あまりの稚拙さに拍子抜けしてしまい、それが原因で一人を取り逃がしたのだ。
「シノレ公は、三将軍きっての勇将です。それほどの方が指揮する兵が、あの程度であることは考えられません」
メイラは、セティのように太刀筋の違いや技量の差までは認識していなかった。それだけハルを守るということに必死だったのだ。しかし、手ごたえのなさは無意識のうちにどこかで感じていた。
「確かに、本当にハル殿の命を狙っているとしたら、正規軍など動かさないでしょうね。自分が首謀者であると、宣言するようなものですから」
リドルフが言うことももっともであった。
「ではいったい、誰が私を。そして──この紋章は」
ハルの呟きは闇に溶けて消える。冷えた夜気のためか、それとも得体の知れない悪意のためかハルは背中が薄ら寒くなり、自分の体を自分で抱いてひとつ身を震わせた。
「殿下、まずはやはりラガシュに向い、シノレ公とお会いになるのがよいかと」
メイラの提案はもっとも実際的だった。得られた情報は不十分すぎるし、糧食も水も残りわずかである。どちらにしてもそれらを近場で調達しなければどこにも向えないのだ。
口数も少なく、一行は残りの行程を進んだ。
雲行きの怪しくなった彼らの道に唯一光が差したことといえば、重傷を負い、生死のふちを彷徨ったカイがリドルフの背のうえではっきりと覚醒し、二言、三言ではあるが話してみせたことだろうか。
「ラガシュだ」
朝日を背に彼らの前にそびえたつのは、城塞都市ラガシュの城壁であった。