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短編|アクションコメディ|イケメンなのでかっこよく任務完了……の、はず -5-

 千歳にコンタクトを取るために端末を開いたとき、ちょうど彼からのメッセージを受信したノーチェはその暗号文のような文字の羅列を見た瞬間、何が起きているか把握した。

「アズール!」

 切っては跳びすさり、少し移動してはまた繰り返す──。そうやって、攻撃の全く通らない魔物を相手に器用に足止めしている青髪の青年に向かってノーチェは声を上げた。

「チトセ班と合流しよう」

「これはどうする?」
 アズールは顎をしゃくって魔物を示す。

「連れて行く」

 青い目がノーチェの横顔をちらりと見た。
 魔物は孤立させて一体ずつ仕留めるのが基本戦術だ。戦術に疎いロッソとジネストゥラでもそんなことは知っている。

 ノーチェは魔物の気を自分にひきつけるように、引き金を二回引いた。

「チトセさんからコンタクトがあった。恐らく、チトセ班が対している方がΣ(シグマ)でこっちはΨ(プシー)──つまり、解析結果と実際が逆なんだ」

 左手で弾倉を外すのとほぼ同時に右手でポーチから弾倉を取り出して、リロードする。
話しながらの何気ない動作だが、その動きは流れるように鮮やかで一分の隙もない。しかもノーチェは、別のことを考えていようがどんなに間が空こうが、自分が何発弾丸を放ったのかいつでも正確に把握しているのだ。


「ロッソがΣ(シグマ)のケルベロスタイプを相手にするのは危険すぎるし、こいつを放っておいてミルさんとジネが不意打ちされるようなことがあればまずい」

 ノーチェは灰色の目でにらみ据えて、また一発弾丸を放った。


  弾は魔物の体に到達する前にはじかれて、どこかへ跳んでいく。しかし、決してふたりの立っている方向へは返ってこない。ノーチェは跳ねた弾が自分達に危害 を及ぼすことのないよう、弾道を計算して狙いを定めていた。その緻密(ちみつ)すぎる思考回路と精密な射撃の腕にアズールは驚きを通り越して半ば呆れる。


「合流次第、援護するから向こうにいるはずのΣ(シグマ)を一息に頼むよ。スピードが大事だ」

 ノーチェはアズールを見て笑った。


「アズールなら、できるだろ?」

「了解」

 アズールは表情を変えずに短く答えた。

 千歳は自分のコードネームと同じ色の首巻をなびかせ、魔物の牙と爪をよける。そして、隙をついては緑色の玉が入った左手のクローグローブで突く。標的がロッソにならないように、なるべく魔物にはりついて攻撃と回避を繰り返していた。

「これは消耗戦ですね」

 足袋で直に地面を踏みしめて、ため息をもらす。さっき下駄は投げてしまってそれきりだ。

 パターンΣ(シグマ)の場合、アズールの攻撃が最も有効だ。このケルベロスタイプの魔物なら、彼が刃を二閃もさせれば終わるかもしれない。しかし、千歳の左手のクローのみでは討伐は遠い。

「おい! チトセ!」

 ロッソの声で千歳は我に返った。
 いつもより反応が一秒の半分くらい遅れたかもしれない。避けた瞬間、魔物の爪が髪をとめた布をひっかけて結っていた黒茶色の髪がほどけた。

 次の瞬間────。

「ロッソ! チトセさん!!」

「ノーチェ!!」

 ロッソと千歳のふたりが廃ビルの影から躍り出てきた青年の名をシンクロして呼んだのは、ふたつの理由があった。

 ひとつはノーチェがこの場に姿を現したことの驚き。
 そしてもうひとつは、ノーチェの背後で牙を剥いて跳躍し、頭上からその体にかぶりつこうとする魔物の姿があったからだ。

 ノーチェのジャケットに包まれたやや細身の体が、魔物の牙に引き裂かれるのではないかと思われたまさにそのとき。

 ノーチェはまるで背中に目がついているかのように、右に大きく跳んだ。
 跳びながら空中で弾倉を外し、右手でポーチから出したペイント弾の入った弾倉を入れる。
 地に右手をついて一回転して体の勢いを殺し、体勢を立て直す。そして、両足が地についた瞬間トリガーを引いた。

 ロッソと千歳が同時に跳びすさる。

 ノーチェの背後から跳んで姿を現した魔物は、もう一体の魔物に重なるようにして着地した。地響きがして砂埃が舞い上がる。

「マーキングした方がΣ(シグマ)、そうじゃない方がΨ(プシー)だ!」

 ロッソと千歳のふたりが目を凝らすと、同じ形姿(なりすがた)をした二体の魔物の体の一方に蛍光緑の塗料がついていた。

「チトセさん、まずはシグマを!」
「了解!」

 千歳が踊りこみ、魔物の左後ろ足をつく。弾倉を通常の弾に入れ替えたノーチェが一呼吸だけ遅れ、右後ろ足に弾丸を立て続けに撃ち込んだ。

 マーキングされた方の魔物の後ろ足が折れて、がくん、と座り込むような形になる。

「アズール!」

 ノーチェの声とともに影のように姿を現したアズールが一息に間合いを詰め、刃を鞘走らせる。
 逆手に切り上げ、間髪いれずに刃を返して切り下げる。まるで閃光のようだった。アズールはさらにとどめとばかりに真一文字に切り裂いた。

 そのアズールに、もう一体の魔物が牙をむく。

 千歳は体を反転させてオレンジの玉がはまった右手のクローで、魔物の脚の腱を切り裂いた。

「ロッソ!」

「分かってるよ!」

 千歳のクローによって切られ、怯んだΨ(プシー)の魔物の頭めがけてロッソが真正面から大斧を思い切り振り下ろす。

 勢いあまったロッソが柄を支点にして宙で一回転して着地したのと、アズールが刃についた魔物の血を振り落としたのはほぼ同時。

 二体の魔物は露のように消えていた。

 ノーチェはほっと息をついてホルターに銃を戻し、すぐさま音声回線を開いた。

「ミルさん? ジネ?」

「ノーチェ? 今、終わったの? なんか、変なことになってたね」
 真っ先に答えたのはジネストゥラだった。

「遅くなってごめん。少しトラブルがあって……でも、みんな無事だ」

 それならいいや、とジネストゥラが明るく言い放つ。

「早く帰ろ! 待ちくたびれておなか空いちゃったし、ミルティはね、早くシャワー浴びたいって」

 ジネストゥラの鈴が鳴るような声に、千歳とノーチェは顔を見合わせて笑い、ロッソは露骨にため息をついた。アズールは無言で刃を鞘に納める。

「お前等はのん気なやつらだなぁ」

「戦闘の最中に、時間と引き換えに炭酸を要求したロッソに言われたくはありませんよ」

「炭酸? どういうことですか?」

 ノーチェが聞くと、千歳はロッソに端末操作するための時間二分間と引き換えに炭酸を要求されたのだ、と答える。

「千歳、炭酸の対価に得た二分間の成果があれではまずいですよ」

 ミルティッロの涼やかな声が呆れたように響く。ノーチェは苦笑し、ロッソは自分のヒップバックから端末を取り出した。

「おま…… これっ!!!!」

 テキストメッセージの履歴を見て、そのあまりの出来の悪さに絶句する。

「伝わったんだから、いいじゃないですか」

 千歳はしれっと言った。

「ノーチェじゃなかったら分からねぇよ! こんなことされたら下手すりゃ死人が出るわ!」

「俺にはそういうのは絶対やめろ」

 アズールが氷のような冷たい目で千歳を見ると、千歳は微笑んだまま固まる。

「だぁーかーら……」

 四人はインナーイヤホンごしに聞こえた低い声にはっとした。

 六人の中で、一番怒らせてはいけない人物。それは───

「おなかへったんだってばーーーーっっ!!!」

 ロッソと千歳が、そしてアズールがノーチェを見る。ノーチェはコホン、とひとつ咳払いして口を開いた。

「第112ケーラー対策特殊部隊、任務完了。これより帰還する」

 

 未知の魔物─── Cheeraa(ケーラー)。

 一世紀以上前に突如出現し、人類を未曾有の危機に追い込んだ。

 ケーラーに近代兵器の類は効かず、致命傷を与え、その存在を消すことができるのはカラーストーンがはまった武器だけだ。そして、ストーンは使う人間を選ぶ。

 現状、唯一のケーラへの抵抗力である第112ケーラー対策特殊部隊───通称「112th CSF」

 これが彼らの日常のひとコマだ。


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