短編|アクションコメディ|それぞれの正念場 ソロの場合-24-
アズールは突撃してきた蛇の頭を切り払って右に跳んだ。
片足が地面に着くか否かというところで、もう一方の頭が噛み付いてくる。避けようがなかった。
とっさに柄を握った手首を返し、切っ先を下に向け、手で支えて刃を盾にして防ぐ。ぎんと耳ざわりな音を立てて、刃がたわむ。
噛みつかれればひとたまりもない歯こそ体には届かなかったが、衝撃は少しも緩和されず、アズールはそのまま派手に吹っ飛んだ。
受身すらまともに取る余裕も与えられず、頭を振りながらなんとか起き上がってみれば、二つの大蛇の頭が相変わらずじっと狙っていた。
左手に違和感を覚えて見てみると、手のひらが切れていた。
吹っ飛ばされた拍子に愛刀の刃が食い込んだらしい。
大蛇が身をうねらせて移動したため、アズールは次の攻撃に備えて右足を踏み出した。
その瞬間、危うく声を上げそうになる。
足首に激痛が走ったのだ。
大蛇の頭がそれを嘲笑うように青い舌を見せていた。まるで、もうすぐ狩れる獲物を前に舌なめずりしているかのようだ。
「ちょっとまずい、かもな」
千歳は無事に運ばれたのか、ノーチェら三人はどうなっているのか──。知りたいことはあっても、それを確認する術がなかった。ひとりのアズールに端末を開く余裕などないし、対敵している状態では音声通信も使えない。
無理はするなといったノーチェの言葉が浮かび、横たわる千歳の顔がよぎった。
アズールは青い目でアンフィスバエナをにらみ据えた。
ふたたび、アンフィスバエナが長い胴体を巻いて力をためる。一気に飛びついて大顎を開き、飲み下してやろうというところだろう。
アズールは静かに太刀を鞘に戻し、柄に手をかけた。避けられないのなら、一か八か真っ向勝負してみるしかない。
覚悟を決める。
ぎりっと奥歯を噛み締め、気をみなぎらせたそのとき──
すぐわきを紫の波のようなものが流れていった。
颯爽(さっそう)と濃色のローブの裾をひるがえし、長い紫色の髪をなびかせてミルティッロが優美に装飾された細剣を抜く。
突くために打たれている細い刃が、隙間を縫い、アンフィスバエナの口のなかに突き刺さる。
柔らかい部位をピンポイントに攻撃された魔物は、憤怒をあらわにして標的を痛手を負わせた人物に変える。しかし、ミルティッロは攻撃の手をゆるめることなく、反撃をダンスのステップを踏むかのようにかわし、次々とレイピアを突き出した。そのたびに上がる赤黒い返り血を避けもしない。
容赦も躊躇もない連続攻撃に、少しずつダメージを蓄積させていたアンフィスバエナはその身を地に伏せて、ついに姿を消した。
アズールは見たこともないミルティッロの姿に驚きを隠せず、ただ眺めているしかできなかった。
一振りして刃についた魔物の汚らわしい血を払うと、ミルティッロは鞘(さや)にレイピアを戻し、すたすたとアズールに近づいた。
「ブーツを脱いで、座ってください」
ミルティッロのローブは右半身がかなり色が変わっていた。その原因が、今浴びた返り血でないことくらい明らかだ。
何を言われたのか理解できず、アズールが呆(ほう)けているとミルティッロは同じ言葉を繰り返し、さらに付け加えた。
「足の状態を確認します。そのままでは歩けないでしょう?」
気圧されたようにアズールが大人しく指示に従うと、ミルティッロは右足首の具合を確かめて折れてはいない、と告げると鮮やかな手つきでテーピングを巻いた。さらに、血止めのパッドを取り出して左手にはりつける。
「よくひとりで踏ん張ってくれましたね」
労(ねぎら)いはらしからぬくらい率直で、アズールはミルティッロの秀麗な顔を盗み見た。
その顔は心なしか青く、いつもは人を食ったような笑みをにじませている目は全く笑ってなかった。それどころか、あれほど汚れるのを嫌うはずなのに、白面を汚すように染めた返り血を拭おうともしない。
「ノーチェ達と合流しましょう。残り一体です」
アズールは千歳のことを聞こうとは思えなかった。
「了解」