読書前ノート(2)
梅田百合香『ホッブズ リヴァイアサン シリーズ世界の思想』(KADOKAWA、2022年)
「シリーズ世界の思想」という企画を立ち上げたのは一体どのような人物なのか、ということが気になっている。というのも、各思想家を担当する執筆者の人選が抜群に優れているからである。このシリーズはすでに次のものが刊行されている。佐々木隆治『マルクス 資本論』(2018年)、岸見一郎『プラトン ソクラテスの弁明』(2018年)、古田徹也『ヴィトゲンシュタイン 論理哲学論考』(2019年)、御子柴義之『カント 純粋理性批判』(2020年)、永見文雄『ルソー エミール』(2021年)。さらに、KADOKAWAホームページに掲載されている未刊行のラインナップによると、今後このシリーズでは、津崎良典『デカルト 方法序説』、大河内泰樹『ヘーゲル 精神現象学』、今福龍太『レヴィ゠ストロース 悲しき熱帯』が予定されている。いずれの執筆者も実力派揃いであり、いずれもまさに「古典」と呼ばれるにふさわしい著作が扱われている。
ホッブズ『リヴァイアサン』は、これまでに何度も翻訳が試みられてきたが、基本的には市民社会すなわち国家の成立を考察するという関心から、前半にあたる第一部「人間について」と第二部「国家について」までが翻訳されることが多く、後半の第三部「キリスト教の国家について」と第四部「闇の王国について」までを含めた完訳は岩波文庫の水田洋訳のみである。
梅田の解説は、『リヴァイアサン』の第一部・第二部のみならず、第三部・第四部まで等しく扱われている。梅田は『ホッブズ 政治と宗教 『リヴァイアサン』再考』(名古屋大学出版会、2005年)において、宗教論の観点から『リヴァイアサン』を考察したが、その成果が後半の第三部・第四部の解説に活かされているだろう。
ところで、ホッブズ『リヴァイアサン』とロック『統治二論』は好対照をなしていることに気づく。ホッブズ『リヴァイアサン』は、前半部がおよそ市民社会論を構成しており、後半部にそれに関する限りで宗教的観念の論駁がなされている。これに対して、ロック『統治二論』は、前半部はフィルマー批判という形で、宗教的観念の論駁を行い、それを踏まえて後半部で市民社会論に移行する。いずれの著作も、宗教的観念の論駁に関する箇所は、翻訳から脱落してきたのである。しかし、今読み直しが求められているのは、近代国家に関する部分的解釈ではなく、宗教的観念の論駁の箇所をも含めた総体的で体系的な解釈なのである。