Dare#9 「不倒王」|Boldy Jamesについて
アーティストにとって、ディール(レコード契約)がもたらす意味は、過程であって結果ではない。ことHip Hopゲームにおいても、その事実に相違はありません。
Boldy Jamesは、ストリートライフ叩き上げのスキルと恵まれたチャンスを得ながらも、紆余曲折したキャリアを送ってきたMCです。
Alchemistが手掛けた輝かしいデビュー作から、Mass Appealとの契約の明暗、GRISELDAへの電撃加入・・・
2010年代から現行シーンでの活躍に至るまで、彼の激動の人生と、それでもチャンスを掴み続ける、その魅力や才能について探っていきます。
Boldy Jamesのプロフィール
Boldy James(本名:James Clay Jones III)は、ミシガン州デトロイトを拠点に活動する、39歳のMC。
Griselda Recordsやデトロイトネイティブ・Concreatures 227、The Bully Boysに所属しています。
The Cool Kidsのメンバー、"Chuck Inglish"とは従弟の関係です。BoldyにとってChuckは、ピンチの時に真っ先に連絡する親友であり、アドバイザーのような存在だそうです。
Boldyの出生地は、ジョージア州アトランタですが、警官だった父親の失職によって、1歳の時に両親の故郷のデトロイトに移住することになります。
幼少期はデトロイトの東部、イーストワーレンに住み、7歳の頃に両親が離婚して、西部のスタヘリン"ヘルブロック"で父親と一緒に暮らしました。
Boldyの住む地域はとにかく治安が悪かったそうで、5歳の時に友達が実の兄に強姦され殺されたり、強盗に人質にされた経験があったり、近所にはヤク中や売人だらけ・・・幼少期からそんな有様だったようです。
また、彼の血縁は祖父から叔父、従兄弟に至るまで、ほとんどがギャングスタかハスラーだったそうで、幼い頃からドラッグやストリートライフが、当たり前にある環境下で育ちました。
従兄がドラッグマネーで物を買い与えてくれたり、近所のブラザーから貰ったコカインを別の物にすり替えて売った金で、ノーティカやジョーダンのスニーカーを買っていたそうです。
Boldyは、小学生の頃からすでにラップに興味を持ち、7~8歳の時には友人と遊びでラップをし始めました。
授業では、英単語のスペルや意味を覚えるためにラップに書き起こす等、勉強にもラップを取り入れていたようです。(なるほど)
10代の頃は、スタヘリン周辺の通り、6マイル、7マイル、エバーグリーン、サウスフィールドが取り囲むブロックが彼のプレイグラウンドとなっていました。(このエリアではドラッグが蔓延していたことから、Boldyは曲中で度々、"7-6 Drug Zone"と呼んでいます)
14~15歳の時には、窃盗で有罪判決を受け、少年院に入りました。それから、16歳の頃に初めてスタジオで曲を作りましたが、20代にかけてほとんどの期間をストリート稼業や法的な問題に追われ、音楽活動に専念できず、束の間の癒しを音楽に求めていたようです。
EMINEMやJ Dillaを輩出したデトロイトは、「モーターシティ」として自動車産業で栄えた後に衰退し、ダウンタウンはスラム化、仕事を失った多くの人々は、犯罪とドラッグマネーで生計を立てるしかなかったのです。
もう一人のBoldy James
Boldy JamesのMCネームの由来は、同じブロックで近所に住んでいたやり手のハスラー、"James Osely III"のニックネームが「Boldy James」だったところに由来します。
Boldyは昔から彼をとても慕っていて、同じ"ジェームス3世"の縁もあり、同名をMCネームとして使用させてもらったそうです。その後、Oselyはフッド・ジェラスによって殺害されてしまいます。
Boldyは感傷的な意味も込めて、彼の分も成功を収めたい、と改めてその名前を背負っていく決意をしたようです。
Mass Appealとの契約
2013年に"Alchemist"とリリースした傑作、「My 1st Chemistry Set」は、Nasが太鼓判を押していたことも記憶に鮮明です。
当時は、「Alchemistが声もフロウもPRODIGYみたいなヤベー新人発掘してきた」と自分の界隈でも非常に話題になっていました。
Boldyは、2014年に"SXSW"というフェスでNasのステージに立った後、彼が主催するレーベル、「Mass Appeal」の第一弾アーティストとして契約が決まりました。同時期に、カリフォルニア出身のMC、Fashawnも契約していましたね。
その後もハスラーとラッパー、二足のわらじを履いていたBoldyは、法的な問題やハスリングありきの生活で、音楽に集中できない期間が続いていました。
Mass Appeal時代は、「Trapper's Alley 2」、「House Of Blues」、「The Art Of Rock Climbing」をリリースしたものの、ヒット作に恵まれることなく契約は解消されました。
しかし、Boldy自身もこの経験は学びになったといい、Nasとも決して悪縁ではなかったとポジティブに振り返っています。
THE ALCHEMISTとの関係
BoldyとAlchemistの出会いのきっかけは、従弟であるChuck Inglishの紹介でした。
Boldyの作品を気に入ったAlchemistは、彼とプロジェクトを制作することを提案します。それが、「My 1st Chemistry Set」です。
法的な問題や家族とのトラブルを抱えながら、裁判所とスタジオを行き来する日々を経て、13曲入りのクラシック・アルバムが完成しました。
以降、彼のキャリアは前述の通りですが、2019年に突如、Alchemistがアナウンスした「Boldface EP」は、7年越しの興奮と期待感に溢れていました。
結果的にこの作品は、2020年に出た「The Price of Tea in China」の前菜に過ぎなかったのですが。
本命の「The Price of Tea in China」は、御大"JAY Z"をも呻らせ、コアなHip Hopフリークスの年間プレイリストリストにも多く刻まれたはずです。
ーそもそも、Alchemistとの第二章の幕開けは、Boldyが再び刑務所に収監されそうな状況下から始まりました。
彼はChuckに連絡し、Alchemistのスタジオに身を隠すよう指南を受け、そこで次のプロジェクトに取り掛かりました。
執行猶予が過ぎるのを待ち、カリフォルニアとデトロイトを往来する日々が続きましたが、結局、彼は保護観察処分も刑務所行きも免れ、「ハレの日」を無事に迎えることができました。
本作は、Alchemistの当初の狙い通り、多くの人々の注目を集め、BoldyとAlchemistのリユニオンを祝す快作となったわけです。
この作品の舞台裏エピソード・・・BoldyとAlchemistは制作中によくケンカをするみたいなのですが、その時は5回ほど殴り合いのケンカをしたそう(笑)
Boldyいわく、「あいつは危険人物、サイコパス」と称しており、ハードディスクのバックアップ中に彼が誤って中身を全部削除しそうになり、Alchemistが見たことのない位の剣幕でブチギレたから、らしいです(笑)
・・・ケンカするほど本当に仲の良いコンビ愛が伝わってきますね。
Alchemistは、特定のアーティストとアルバムを3枚一緒に作りたいと語っており、その相手に選んだのがBoldyだと言います。
師弟・兄弟の様な関係性だった、故"PRODIGY"とは「Return Of The Mac」、「Albert Einstein」を遺しましたが、Boldyがそれを継ぐことに大きな意義を感じます。
ビートの好みや声の音域が似ているところ、一定したテンポで繰り広げるフロウ、自身の経験を語るだけで一曲完成してしまう唯一無二の個性。
Alchemistは、彼にPRODIGYを重ね、賛辞の言葉を送っています。Boldyは、自分の能力を最大限に引き出してくれる存在が、プロデューサー・Alchemistその人だと言います。
共に過ごしたキャリアの中で、2人は音楽を超えたファミリーの絆・マフィアの様な結束を築き上げてきました。
Griselda Recordsへの加入
「GRISELDA」に加入する以前、"Westside Gunn"はBoldyにライブのブッキングを計画していたのですが、不手際があり実現しなかったそう。
その後、2019年の冬、Alchemistを通じてGunnやGRISELDAのメンバーを正式に紹介されました。
ファストライフ、ドラッグマネー、ヘイト、スネイク、ガンバイオレンス、ドライブバイ・・・BoldyとGunnは、デトロイトとバッファローの共通する環境や生い立ちに共感し合い、関係を深めました。
2020年2月に、GunnはBoldyをGRISELDAに迎えることをアナウンスし、同年7月に、GRISELDAの天秤のエンブレムチェーンがBoldyに手渡されました。
また、8月に発表した「The Versace Tape」では、エグゼクティブにWestside Gunnを迎え、Griselda Recordsからの正式な第一弾リリースとなりました。
Gunnは、元Vineの人気コメディアンでビートメーカーに転身した、"Jay Versace"とBoldyにタッグを組ませ、ソウルフルでミニマルなドラムレスビートに乗る、斬新なBoldyを引き出すことに成功しました。
Gunnが指揮したプロジェクトチームは、この作品を一週間ほどで完成させ、Gunnはアルバム全体のシナリオだけでなく、ビートへのアプローチの仕方やリズムの取り方等も彼にアドバイスしました。
ちなみに、本作のビートは、本来、Westside GunnとRoc Marcianoのプロジェクトで使用する予定の物だったそうです。
GRISELDAの主要メンバーである、Westside Gunn、Conway The Machine、Benny The Butcherと、パフォーマンスにおいては対照的なBoldyですが、彼の淡々とした語り口やストーリーテリングの能力は彼らに劣らぬ持ち味です。
また、マーケティング的な視点やセルフプロモーションが苦手なBoldyにとって、Gunnは非常に頼りになる存在となっているようです。
Boldy Jamesのディスコグラフィ
デビュー前のMixtapeは、トラップビートやChuckの異彩を放つサウンド等、様々なタイプの楽曲を取り入れていましたが、はっきり言ってどれもかっこいいので未聴なら是非、一度聴いてみて欲しいです。(記事を書くにあたって一通り聴き返してたら、懐かしくてヤバかった)
未発表だった17歳の頃からのラップを乗せた、音楽家のSterling Tolesとの「Manger in McNichols」もまた異なる趣で、Hip Hopの型とは一線を引いた、芸術性溢れる作品となっています。
「Bo Jackson」は、近年のBoldyで一番好きな作品かもしれないです。「My 1st Chemistry Set」の系譜の様な、ダークかつソウルフルなケミストリーサウンドが最高!
以下、自分の知る限りの作品一覧を紹介します。
「Concreatures Radio Volume 1」
「Concreatures Radio Volume 2」
「Concreatures Radio Volume 3」
「Trappers Alley Pro's & Con's」(2011)
「Consignment Favor For A Favor The Redi Rock Mixtape」(2012)
「Jammin' 30 In The Morning」(2013)
「My 1st Chemistry Set」(2013)
「Trapper's Alley 2 Risk Vs. Reward」(2015)
「The Art of Rock Climbing」(2017)
「House of Blues」(2017)
「Latr(Tabs&Caps)」(2018)
「Boldface EP」(2019)
「The Price Of Tea In China+Deluxe Edition」(2020)
「Manger in McNichols」(2020)
「The Versace Tape」(2020)
「Real Bad Boldy」(2020)
「Bo Jackson」(2021)
「Super Tecmo Bo」(2021)
本日解禁された、Alchemist x Boldy Jamesコンビの5作目のリリース。双方、今年最後のリリースになりそうですね。
「Super Tecmo Bo」は、前作とは打って変わり、全体的に艶美で暖かみのあるサウンドに魅き込まれます。
序曲「Level Tipping Scales」から、酩酊感のある波紋の様なビートに得意のストーリーテリング系のヴァースで口火を切ります。
笑い事じゃねーぞ、とハスラーライフを赤裸々に語る「No Laughing Matter」、Alchemistお得意の怪しげなサンプルソースを調理した「Hot Water Tank」は、ビートも去ることながら、唯一の客演、"ICECOLDBISHOP"もだいぶトチ狂ってます。Boldyもフロウで遊んでてスキルフル。
80'sムード漂う、幻想的な上ネタの「Bumps and Bruises」、浮遊感のあるフワフワしたビートで、NBAプレイヤーの名前を引用しながらストリート稼業の話をしてるっぽい「Great Adventures」、疾走感のあるダークサウンドを内省的なラップで駆け巡る「Moth In The Flame」、シリアスなゲームサウンド?っぽいビートで淡々とした語り口の「300 Fences」、冒頭のシャウトがアリガトウに聞こえる(笑)、神秘的なドラムレスの「Guilt」、その雰囲気を引き継ぐ、キックの主張が強いラストの「Francois」まで、一本のショートムービーを見てるかのような纏まりのある作品でした。
2人の生み出すこのグルーヴは、幾ばくか確立された感があります。
Boldy Jamesの音楽への熱意
Boldyが理想とする音楽は、トレンドや大衆に媚びた、クラブやラジオ向けのヒットチューンでは決してありません。
現行シーンの中心で、バズツイートやフォロワー数を競い合うようなステージに身を置くことが彼の本望ではないのです。
Boldyがボーストするのは、ストリートナレッジと自己の経験をふんだんに散りばめたリアルストーリー。
しかし、自分がアーティストとして認められたい、クールで在り続けたい、という強い信念を持ち続けています。
人生の岐路においても、「音楽をやるか・ストリートでハスるか」の選択に何度も迫られてきた彼ですが、三たび恵まれたチャンスを今、謳歌しているように思えます。
Boldyは純粋に音楽を愛し、オリジナルな存在であること、ストリートでのリアルやそこで得た経験を美化するのではなく、そこにメッセージ性や芸術性を見出すことに一心に取り組むアーティストです。
ストリートスマートであり、今後も偉大なクロニクルを刻み続けるストリート・レジェンド、それがBoldy Jamesです。
ーWhat Else?
◆Boldy James Instagramアカウント
◆Boldy James Twitterアカウント
◆ALC Records Official Site
peace LAWD.