藤原道長が栄華と権勢を誇ったのは有名なのです。
藤原実資は道長のライバルなのです。気骨のインテリなのです。
実資は娘の千古を「かぐや姫」と呼んでいたのです。
かぐや姫は帝の求愛を断ったのです。
実資は娘を天皇に嫁がせようとしたが、道長に阻まれたのです。
さて、歌がが詠まれたのは道長の娘が帝に嫁ぐことが決まった日の宴なのです。
道長は実資に返歌を求めて詠んだのです。実資は「返歌する」と言ったにもかかわらず、できなかったのです。
道長は娘を皇后にできたので「望月の欠けたることも無し」、つまり道長のかぐや姫は十五夜に月に帰らなかったのです。実資は政治でも歌でも道長に完敗し、うぐぅの音も出なかったのです。
道長はたまたま16日だということを思い出して即興でマウンティングしただけで、自分では大した歌だとは思っていない、というか書き残すとヤボなのです。
ということはウィキペディアだけからでもわかるのですが、うぐぅの音が出なくなるにも教養が必要なのです。
「巌」と「望月」を掛けており、「この世」は「我が世」ですが「君が世」はかぐや姫の月世界なのです。つまり娘のこの世ならぬ美貌を詠んでいるのです。権力闘争に明け暮れる自分には戦乱や疫病や災害ばかりのこの世が相応しいが、かぐや姫の月世界は悲惨のない世界であり、それが「望月の欠けたることも無し」なのです。