【教師日記】休校が決まった翌日。学校で起こったこと。
前回の記事「休校が決まった瞬間。教師は何を思ったか。」 の続きです。
とにかく何も決まっていない状況で2月28日金曜日がスタート
いつものように校門を通る子どもたちから「来週から休み!?」と聞かれる。
でも答えられない。分からない。
見た感じでは「来週から休みだー!」と喜びの声がちらほら聞こえる。
でもみんなの心の声は聞こえないから、実際はどうか分からない。
ちなみにどのような対応になるかは、市町村によって変わる。
例えば、県立なら県の教育委員会。市立なら市の教育委員会が方針を決める。
校長が慌ただしく会議へ。
教員と子どもはただ、いつも通りの授業を行うしかない。
「休校になるわけがない」と「休校になるかもしれない」の雰囲気があったように思う。
しかし対応が早い地域では、28日の午前中には休校の判断をしていた。もどかしい午前中を過ごすなか、ついに給食の時間に校長が戻ってきた。
そして私の学校でも、休校が決まった。
休校が決まったことを子どもたちに伝える。
すでにわかっていたのだろうか。思ったより反応は薄かった。
すぐに持って帰る物の準備を行った。
そこからは学校中、バタバタとしていた。
休校中は学校の中に子どもたちは入れないため、荷物を持って帰ることに時間をさいた。
帰るとき大変な荷物になっていた。後、たくさんの話をした。
・今回の経緯について。そして今日6年生に会えるのが最後だということ。(もし離任式が中止になった場合は、最後になる先生がいるということ)
・コロナウイルスになったら学校に連絡すること。
・生活について(感染予防のための休校。むやみに出かけるのはどうか。体調管理を自分自身で。例えば、手洗いうがい。検温。生活リズム。家事の手伝い。自分で時間割を作って。)
・次の登校は、新しい学年。新しいクラスになること。
・持って帰るものと学校保管を分けること。整理整頓。掲示物や教科書、作品
とにかく悔いの残らないように、学級納めと同じことを行った。
写真を撮ったり、お楽しみ会をしたり、運動場で遊んだり、寄せ書きを書き合ったりしているクラスもあった。
学校から全ての子どもたちが帰った瞬間。なんとも言えない気持ちになった。寂しさとか。やるせなさとか。無力感とか。
前記事でも書いた通り、不安なのは子ども。笑顔で胸張っていけ。
を意識していただろうか。どっと疲れた。本当はすごく動揺していた。持ち上がりの子たちだったので、とても思い入れがあった。大好きなクラスだった。
前の日までは、卒業式の練習でクラスでこそこそ練習してたり、漢字のまとめテストに向けて勉強を頑張る姿があったり、6年生を送る会に向けての練習をしたり。ラストスパートに向けて猛ダッシュ中だった。
3月。ここから果てしなく長いあいだ、学校が静けさがやってきます。