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トランジットの悪夢

大学生活最後の夏休み、私は5週間のヨーロッパ旅行に出かけた。

時間はあるが、お金のない大学生バックパッカーの旅だ。現地での小遣いは少しでも多く確保したいため、交通費や宿泊費を可能な限り削ろうとする。その結果、どこへ行くにも直行便ではなく経由便を使う。

大抵は時間に余裕をもってフライトスケジュールを組むため、トランジットと聞くと「空港で数時間待ちぼうけ」というイメージがある。空港には免税店や飲食店がたくさんあり、ショッピングや飲食で時間を潰すのだが、それも楽しめるのは最初の数時間だけ。あとは「ただただ搭乗ゲート付近の椅子に座って待つ」という悪夢のような時間だ。

ただ、私はこの旅で今まで経験してきたトランジットとは全く異なる悪夢をみた。それはドイツのフランクフルトからギリシャのアテネへと向かう道中での出来事だ。

EU圏内の移動はLCCの就航が充実しており、それなりに安価に行き来できる。ただし、近距離でも乗り換えが必要な場合がある。

価格重視の私はフランクフルトからテッサロニキ空港を経由しアテネに入る便を選んだ。この、正直聞いたことすらなかった「テッサロニキ空港」でのトランジットが冷や汗ものだった。

混雑する保安検査場

日本の地方空港のような小さな空港だったが、保安検査場への誘導がうまく機能していなかったのか、搭乗機の出発時刻に関わらず全ての客が一斉に検査場に押し寄せているような状況だった。

「離陸まであと5分しかない!早く通せ!」といった怒鳴り声があちらこちらから聞こえてくる。かく言う私もトランジット便の出発まであと10分足らずしかなかった。「アジア人の若い女1人が叫び声をあげたところで、どうにもならないだろう」となかば諦めかけていたのだが、救世主が現れた。

前列に並んでいた大柄な中年女性が突然とんでもない剣幕で怒鳴りながら前へ前へと進み始めたのだ。偶然私と同じアテネ便に乗る予定で、離陸まで10分を切ったところで堪忍袋の尾が切れたらしい。私はできるだけ身を小さくし、隠れるようにその女性の後にピッタリと張り付きついて行った。幸いにも保安検査場を抜け、タラップまで全速力で走り、離陸準備を進めていた飛行機に乗ることができた。

チェックインを済ませ保安検査場を通過しているにも関わらず、搭乗時刻になっても搭乗口に姿を見せない客を駆けずり回って必至に探す日本の空港のグランドスタッフは素晴らしいと痛感した。

人生初のプロペラ機

テッサロニキからアテネまではわずか1時間ほどのフライト時間だ。無事に搭乗できさえすれば問題ないだろうと思っていたのだが、まだ悪夢は終わらなかった。なんと、搭乗したオリンピック航空の機体はジェット機ではなくプロペラ機だったのだ。幼い頃から幾度となく飛行機に乗ってきたが、プロペラ機は見るのも乗るのも初めてだった。

ジェット機との構造的な違いはよく分からないが、とにかく(視認する限り)3箇所あるプロペラの騒音が酷い。ヘリコプターよりもはるかにうるさい。そして何より、よく揺れる。ジェット機よりも風の影響を受けやすいようだ。短時間のフライトだったが、これまでに経験した事のないほどの揺れを感じた。機体が傾き素人でも煽られていると感じる瞬間はこのまま墜落してしまうのではないかと思ったほどだ。

気がつけば隣の席に座っていた自称ミュージシャンのおじさんと顔を見合わせ、必至にクロスフィンガーをしていた。

さすがに揺れが酷い時はCAさんも着席していたが、とても冷静な顔をしていたので、プロペラ機ではいつもの事なのかもしれない。ただ、乗客のほとんどは私のようにプロペラ機には乗り慣れていない人だったように思う。機体が無事、アテネ国際空港に着陸した時には拍手喝采だった。私も「良かった!」と言いながら隣席のおじさんと(今思うと謎だが)握手を交わし飛行機を降りた。

そして、何事もなかったかのように友人と待ち合わせをしているアテネ市内のホテルへと向かった。

#忘れられない旅

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