見出し画像

王母の眼を持つ楼蘭=子翠の生む男子だけが、選択の廟で正しき道を選べたはずだった

 サンデーGX版の『薬屋のひとりごと』が、原作ヒーロー文庫版4巻のクライマックスの部分を描いている。というわけで、楼蘭ロウラン子翠シスイが持っていたであろう王母の眼のことに触れておきたい。なぜなら彼女だけが、帝の要件を持つ男子を生むことができたのだから。

「王母の眼」とは、X連鎖劣性遺伝である赤緑色覚異常の色覚特性のことだ。作中では楼蘭がこの色覚特性を持っていることが暗示され、猫猫マオマオ楼蘭が王母の眼を持つ可能性に気づく。

画像の上段が大多数の人(C型)の見え方、下段が王母の眼を持つ者(D型またはP型)の見え方

 上の画像は、スマホアプリ「色のシミュレータ」を使って撮った、ヒトの異なる色覚特性のシミュレーションで、おそらく楼蘭にはこう見えたのだろうというもの。ストーリーに合わせて狐の面といきたいところだが、緑の狐面というのは売っていないので、様々な色使いがそろっている猫の面で我慢しよう。

 人間の視細胞には、赤・緑・青(光の三原色)の光をそれぞれ感じる錐体がある。画像のうちC型は3つの錐体がすべて機能する一般的な色覚タイプ、D型は緑の光を受け取るM錐体がないかこの錐体に問題があるタイプ。P型は赤の光を受け取るL錐体がないかこの錐体に問題があるタイプ。楼蘭がD型とP型のどちらだったのはわからない(D型のほうが多いらしい)が、画像を見ればわかるように、D型とP型は見え方が似たようなものだから区別しなくてもそれほど支障はないのでまとめて「赤緑色覚異常」と呼んでいるのだろう。

 さて、ここで私が書いておきたいのは、最初に書いたように、もし現帝と楼蘭妃の間に男の子が生まれたとしたら、その子が王母の目を持つ確率は100%だったということ。つまり帝になる要件を具えた子供が生まれるはずだったことだ。

 倉田三ノ路先生の解釈によれば、楼蘭妃を後宮に送り込んだのは神美シェンメイ。それは皇帝と楼蘭の間の子供を産ませ、一方でほかの皇位継承権を持つ男子をすべて亡き者にして、楼蘭の子供を皇帝にして国を乗っ取ること。その際に邪魔な皇弟殿下を暗殺すべく、神美が翠苓を後宮に潜ませたことになっている。原作のこの部分には細部がなく読み手の解釈に任される部分だが、この部分の倉田先生と私の解釈はほぼ一致している。

 王母の眼を持つことが帝になる要件だとするならば、神美は他の皇族男子を亡き者にする必要はなかった。他の妃には王母の眼を持つ男子は産めないのだから。だが、神美は王母の眼と帝位の関係をあまり知らないように見える。ひょっとすると自分の娘が王母の眼を持っていることに気づいていなかったのかもしれない。

 一方、現代のような遺伝に対する知識がなくても、楼蘭は自分をとりまく環境や話から「色の識別ができない母親から生まれた男子は、母親と同様に色の識別ができない」ことに気がついていた可能性がある。そして選択の廟のことも知っていとしたら、自分が皇帝との間に生む子供が母親の思惑通りの存在になってしまうことを危ぶんでいたかもしれない。

 楼蘭は帝と褥を共にしている。帝は「十日に一度は」(ヒーロー文庫版 第二巻「高順」より)楼蘭のもとへ通った。頻度といい皇帝のお渡りの日を妃側では指定できないことといい、帝の訪問が妊娠しやすい日にあたることもままあるだろう。そこで仮に身ごもったとしても生まれないようにする努力が必要になる。堕胎作用があり美味しくもない鬼灯ほおずきを、猫猫の前で無造作に口にいれるシーン。原作者はさらっと書いているが、読んでいて胸が痛くなる。彼女が鬼灯を口にするのが日常的な行為だとわかるからだ。

 さてここで、選択の廟ですでに正しき道を選んだ皇族男子が一人いる。皇弟・華瑞月カ ズイゲツ壬氏ジンシだ。文庫版第三巻の「選択の廟」にある「誰も正しい道を選べない場合は、正しき道を選ぶ妃を連れて再度やってきた」に相当することを同話でやっている。猫猫は王母の眼ではなく羅門ルォメンから得た知識をもとに選択の廟のからくりを解いている。それでももし壬氏が皇弟の立場のまま猫猫を娶れば、「こんな小娘」(老宦官のセリフ)である猫猫=正しき道を選ぶ妃ということになり、華瑞月が正しき道を選ぶ妃に導かれた帝ということになってしまう。

 選択の廟の話は第三巻のあの部分で完結しているのか、それとも今後誰かが皇弟を皇帝に担ぎ上げるために再び持ち出されるのか  —— それは、原作者のみぞ知る。そしてあの話が再び持ち出され正当化される条件は、そのときに猫猫が皇弟妃になっているとことである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?